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    <title>出町 柳センセイの読む・歩く・呑む</title>
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    <description>出町 柳センセイが時たま更新する読み物ブログです。</description>
    <language>ja</language>
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    <itunes:author>出町 柳</itunes:author>
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      <title>［vol.65］月報集成</title>
      <pubDate>Thu, 01 Apr 2021 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>面白い本が出た。文学全集の月報と文庫本の解説とを寄せ集めてこしらえ上げた500ページになんなんとする大冊である。題して「百鬼園先生―内田百閒全集月報集成」（佐藤聖編、中央公論新社、2021年1月）という。何巻にも及ぶ大部の文学全集はおおむね月に一冊のペースで刊行されるが、各巻にはその都度月報がつく。月報に載るのは知人、友人はじめ作者ゆかりの人々から寄せられた寄稿文である。こぼれ話、裏話の類ばかりではない。書誌学的にみて貴重な資料となりそうなものも時にはないわけでもない。本書は..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
面白い本が出た。<br />文学全集の月報と文庫本の解説とを寄せ集めてこしらえ上げた500ページになんなんとする大冊である。題して「百鬼園先生―内田百閒全集月報集成」（佐藤聖編、中央公論新社、2021年1月）という。<br /><br />何巻にも及ぶ大部の文学全集はおおむね月に一冊のペースで刊行されるが、各巻にはその都度月報がつく。月報に載るのは知人、友人はじめ作者ゆかりの人々から寄せられた寄稿文である。こぼれ話、裏話の類ばかりではない。書誌学的にみて貴重な資料となりそうなものも時にはないわけでもない。<br /><br />本書はそれらを集めて一本にしたものだ。帯に、「総勢87人が語る『私の内田百閒』」とある。<br /><br />そも月報とは何か？作品本体からすればそれに帰属し寄生する付録のような存在だろうが、そこにそれなりの独立性がないわけではない。それだけ取り上げて読んでも面白い。月報が面白いのは、本体が問題含みで面白いからでもある。本体の面白さに魅かれて月報もまた面白くなる。<br /><br />じっさい百閒が書くものは面白い。それに魅かれて読んでいるうちにだんだん入れ込んでいってしまう。もし我に月報の注文が舞い込めば一筆書いて進ぜよう、などという気にさせられてしまう。いや、少なくとも月報執筆者があたかも仲間のように思われてくる。そして月報が誘い水となって、書架から本体を取り出して再読することになり、そのままそこへのめりこんで時を忘れる。<br /><br />ひょっとしてこの月報集成の企画者は、そうした百閒読者に共通の微妙な心理状態を見透かしていたのではあるまいか？いや、百閒だけに限らない。誰であれ特定の作家を愛読する者は、作品の隅から隅まで読み尽くす愛読者は、月報を機にもう一度至福の時に戻っていくということが、けっこうあるのではないか？とりあえずは百閒を愛読する諸氏よ、ぜひとも本書を繙いてみられよ。<br /><br />ところでさて、まことに下世話な話で恐縮なのだが、この本の印税はどこにいくのだろうか？87人の執筆者が各自それを要求して、要求通りに割り当てられるのだろうか？いや、月報も煎じ詰めれば百閒という大看板かつその大文章あってのことだから、87人全員が借金大王なる百閒先生にすべて上納することになるのだろうか？「王のものは王に返すべし」とどこかの古賢がのたまもうていたような気がする。<br /><br />出版不況のこのご時世、月報集とは本づくりの妙手だが、好評増刷の後始末をさてどうするか、他人事ながらいささか気にはなる。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/187436432.html</link>
      <title>［vol.64］寝付く前に</title>
      <pubDate>Fri, 01 May 2020 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>新型コロナウイルスによる悪疫がなかなか止まない。日がたつにつれますます盛んになるようだ。おかげで事業所や工場、商店などの業務がストップする。学校も休みになる。大学生も構内から締め出される。誰も家から出るな、家に居ろとお達しが出ている。すでに職を退いた身は悪疫流行とは関係なく毎日が日曜日状態なのだが、世間の人々が――全部ではもちろん無いが――休息中となった今、おかげで当方もふだん通り朝からダラダラしていても有難いことに後ろめたい気分にならなくて済む。　小心な人間はなまじ暇を与え..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
新型コロナウイルスによる悪疫がなかなか止まない。日がたつにつれますます盛んになるようだ。おかげで事業所や工場、商店などの業務がストップする。学校も休みになる。大学生も構内から締め出される。誰も家から出るな、家に居ろとお達しが出ている。<br /><br />すでに職を退いた身は悪疫流行とは関係なく毎日が日曜日状態なのだが、世間の人々が――全部ではもちろん無いが――休息中となった今、おかげで当方もふだん通り朝からダラダラしていても有難いことに後ろめたい気分にならなくて済む。<br />　<br />小心な人間はなまじ暇を与えられると、それをいかに有意義に過ごすか、過ごしているように見せかけるか、腐心する。他人の目が気になるのだよ。まず時間にルーズになる。勤め先に定刻に着く必要がなくなるから、起床が遅くなる。遅く起きて新聞を隅から隅まで読む。<br />以下諸事万端、順次遅れてゆき、とうとう就寝時間まで遅くなる。翌日にさしたる用事が無い身だから安心して夜更かしをするのである。そして、いざ寝ようとすると目が冴えて寝付けない。それでも昔のように切羽詰まって睡眠剤に頼ることは、もうしない。寝酒をやる。それでうまく寝付ければよいが、そうでないと困ったことに酒量ばかりが増える。<br />　<br />そこで就寝用の読書をする。ひところ凝ったのはアガサ・クリスティーで、ポワロとマープルおばさんとに馴染みになるほど読んだ。<br />　<br />ポワロが乗り出すのは地方の館で起きる殺人事件。上流階級の家中の財産争い、今に残る階級制、主人とその一族のほかに執事、召使い、下男、庭師。古代ギリシアのヘラクレスはその圧倒的な腕力で人間界を征圧したが、ベルギー生まれの現代のそれは灰色の脳細胞を駆使して難事件を解決に導く。ブラウン管上のD・スーシエ扮するポワロはほんの２時間足らずでそれをやってのけるが、わが寝床まで出張してくれるヘラクレスは犯人捜しに加えてイギリスの田舎の館を中心とする人間模様を興味深く報告してくれるのだ。<br />　<br />あらかた読み漁ったクリスティに代わって最近就寝の友となってくれているのは、池波正太郎だ。その『剣客商売』を、これもあらかた読んだ（新潮文庫で全16巻）。芝居の脚本書きからスタートした池波独特のスピーディな場面転換。善玉と悪玉のわかりやすい人物設定。必ず書き込まれる庶民料理の献立。そして話の最後に触れられる老剣客秋山小兵衛の迫真の剣さばき。これはポワロが一篇の最後になって灰色の脳細胞の稼働の成果を披歴するのと同じく、荒れ乱れる世情を鎮めつつ一夜の安らかな眠りを約束してくれる睡眠薬に他ならない。小兵衛は「ゆっくり眠りなされ」とは言うが、そこに珍妙な人生訓の類を差しはさむようなことはしない。だから眠れる。ブラウン管上は藤田まこと。見事に老いた元喜劇俳優。好演。<br />　<br />次の候補には藤澤周平が上がっている。その作品には余情というか、人生のため息のようなものがたゆとうているようで、要注意。悪人を切るのだ、人生訓は無用、いっしょに束ねて一刀両断するに限る。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/187353071.html</link>
      <title>［vol.63］花咲くアーモンドの木</title>
      <pubDate>Wed, 15 Apr 2020 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>ギッシングは『ヘンリ・ライクロフトの私記』のある章で「私は植物学者ではない」と書き出しながら、しかし散歩の途次に出会ったいろいろな植物の上に輝く春の色を嘆賞している。なるほどその観察は学者のそれではない。が、そこには植物好きな文人の季節の自然を楽しむ心の様子が存分に見て取れる。拙宅の庭にひともとのアーモンドの木がある。これが早春に花をつけた。裸か木全体が真っ白の花におおわれる。花芯は赤いから離れたところから見ると純白の花むしろにすこしピンクのいろどりが混じることになる。一週間..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ギッシングは『ヘンリ・ライクロフトの私記』のある章で「私は植物学者ではない」と書き出しながら、しかし散歩の途次に出会ったいろいろな植物の上に輝く春の色を嘆賞している。なるほどその観察は学者のそれではない。が、そこには植物好きな文人の季節の自然を楽しむ心の様子が存分に見て取れる。<br /><br />拙宅の庭にひともとのアーモンドの木がある。これが早春に花をつけた。裸か木全体が真っ白の花におおわれる。花芯は赤いから離れたところから見ると純白の花むしろにすこしピンクのいろどりが混じることになる。一週間か十日の間、満開の花が目を楽しませてくれた後、散り始める。樹下に花弁が散り敷き、代わって樹上には薄緑の若葉が生まれ出て、見る間に天上へ向かって伸びていく。<br /><br />ゴッホも南仏のアルルでこの花を描いた。明るい南フランスの青空を背景に群がり咲くアーモンドの白い花。アーモンドだけではない、果樹園の花をつけたアンズやスモモも描いている。100年ちょっと前の、ちょうど今頃である。<br /><br />　春を告げるのは花ばかりではない。鳥もそうだと、古の詩人は言う、<br />　香も甘き春の訪れを告げる/おなじみの使者/濃紺（あお）い背広の燕（つばくろ）よ（シモニデス）、と。<br /><br />われわれの感覚では燕の飛来は初夏である。地中海域では温暖の度合いが違うのだろうか。<br /><br />わが庭でアーモンドより一足早く咲き終えたのはサクランボである。丈１メートルほどの灌木ながら枝一面に薄紅色の花をつけた。花のあと今びっしりと小さな緑色の実がついている。いずれはこれが熟してサクランボの実となるのだろう。しかし例年こちらがそれを口に含むより前に、大小の鳥たちがやって来て啄んでしまう。鳥が来るのは歓迎すべきことだが、丸坊主にされてしまうのはいささか困りものだ……という気がする。<br /><br />サクランボの隣にはオリーヴがある。これがまた毎年背丈を伸ばす。パレットの上に絞り出した緑色の絵の具に白色の絵の具を混ぜてつくった色合いの、槍の穂先のような精悍な葉が天に向かって突き上がる。木は1本しかないから実はつかない。いずれ初夏の風が吹くころには灰緑色の葉裏を見せるだろう。<br /><br />サクランボの花も、アーモンドの花も、また来年の開花が待たれる。毎年楽しみにしている近所の家の桜――その枝が垣根を越えて歩道に張り出している――もそろそろ満開になるはずだ。昨今の悪疫流行で陋屋に蟄居している身だが、これだけは見ておきたい。くだんのギッシングは「春は長いこと忘れていた青春の力をほのぼのと蘇らせてくれた」と書いている。ああ、そのとおりだ、たとえ「花と咲く青春を取り戻すのは至難の業」（バッキュリデス）であるとしても。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/187251380.html</link>
      <title>［vol.62］観梅行</title>
      <pubDate>Sun, 15 Mar 2020 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>「しだれ梅を観に行こう」と誘われて名古屋まで行ってきた。深江から高速に乗り、京都南から新名神を走る。鈴鹿の山並みに先日降った雪が白く残っている。あっというまに右手には伊勢湾の青い海原。まずは熱田神宮に参拝する。初めてだったが想像以上に深い森であることに驚く。御神籤は吉と出る。昼食を予定していた鰻の「蓬莱」は休店で、仕方なく中心街の「いば昇」へまわり、櫃マムシを堪能。あと徳川美術館で大名雛を参観。細川家から輿入れした福姫持参の豪華絢爛たる雛の数々はまこと筆舌に尽くしがたく、御三..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「しだれ梅を観に行こう」と誘われて名古屋まで行ってきた。深江から高速に乗り、京都南から新名神を走る。鈴鹿の山並みに先日降った雪が白く残っている。あっというまに右手には伊勢湾の青い海原。<br /><br />まずは熱田神宮に参拝する。初めてだったが想像以上に深い森であることに驚く。御神籤は吉と出る。昼食を予定していた鰻の「蓬莱」は休店で、仕方なく中心街の「いば昇」へまわり、櫃マムシを堪能。<br /><br />あと徳川美術館で大名雛を参観。細川家から輿入れした福姫持参の豪華絢爛たる雛の数々はまこと筆舌に尽くしがたく、御三家の威光ここに極まるとの感深くする。<br /><br />正式な名称は何というのか、名古屋市の農業施設へ行く。それが今回の小旅行の主目的なのだが、そこの梅林でしだれ梅を観る。暖冬のせいかほぼ満開に近い。紅白交りあってたっぷりと植え込まれている。ただ香はない―—咲き初めのころは豊かに匂ったというが。<br /><br />群生したしだれ梅を観たのは初めてである。女児の髪のように樹の天辺から幾筋も枝が垂れ下がり、それに花、蕾がいっぱいに付いている。一定の間隔を置いて植わっているのだが、枝は枝どうし、花は花どうし隣のそれと触れあって擦れんばかり。遠望すれば全花重なり合って、一面梅花のカーテンさながらである。帰途立ち寄った「なばなの里」の梅林も同様だった。<br /><br />観梅行に誘ってくれたのは行きつけの寿司処「真砂」の大将と女将さんである。二人は月に一度の休みの日に車で遠出する。東は名古屋、下呂温泉、西は広島、萩、山口、南は四国、紀南、北は山陰、鳥取、福井永平寺と縦横無尽。これを日帰りで行ってくる。車好きの大将だ。<br /><br />小生と愚妻はこれに時折誘われて、季節の景色と地元の食事を楽しむ。こちらはワゴン車の後部座席にゆったりと座り込んでカーステレオを聴きビールを飲みながら運ばれていくだけだから、これほど贅沢な小旅行はない。ありがたいことである。<br /><br />昨今巷は悪疫流行で騒がしい。観梅行のころは世の中はまだ落ち着いていた――ようだった。それが一挙に騒がしくなった。関係している小劇団の3月公演（G.ハウプトマン『織工たち』、清流劇場）もとうとう中止に追い込まれた。シュレジエン方言に悩まされながら苦労して仕上げた脚本だっただけに残念ではある。他にも病原菌ウイルスに攻め立てられて人が集まる会合はほぼ延期か中止になった。<br /><br />こうなれば厄払いだ。近日中に朋友相集い、たらふく飲みたらふく食って悪疫を退治し追い払おう。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186919549.html</link>
      <title>［vol.61］金沢まで</title>
      <pubDate>Sun, 15 Dec 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>日本グリルパルツァ―協会の研究発表会は、ここのところ京都と金沢とを隔年で交代しながら開催されている。京都は京都府立大学の独文科、金沢は金沢大学の独文科に諸事万端お世話になっている。今年は金沢が当番だった。会場は市の中心部にある金沢大学のサテライト・プラザ。今年は発表者の顔ぶれも多彩で、若手の女流研究者2名、富山大の中堅、また東京から参加の女流のヴェテラン、計4名を数えた。伝統ある研究会で会員の高齢化が危惧されていたが、この若返りは驚きでもあり、また喜ばしい現象でもある。内容も..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
日本グリルパルツァ―協会の研究発表会は、ここのところ京都と金沢とを隔年で交代しながら開催されている。京都は京都府立大学の独文科、金沢は金沢大学の独文科に諸事万端お世話になっている。今年は金沢が当番だった。<br /><br />会場は市の中心部にある金沢大学のサテライト・プラザ。今年は発表者の顔ぶれも多彩で、若手の女流研究者2名、富山大の中堅、また東京から参加の女流のヴェテラン、計4名を数えた。伝統ある研究会で会員の高齢化が危惧されていたが、この若返りは驚きでもあり、また喜ばしい現象でもある。内容もグリルパルツァ―の作品のみに限定されず、シュティフタ―をボヘミアの森という背景の中で取り上げた発表もあった。<br /><br />特筆すべきは戯曲『夢は人生』の本邦初訳（2019年、水声社）が訳者城田千鶴子氏によって披露されたことだろう。グリルパルツァーを論議する場でしばしば取り上げられる作品でありながら、なぜかこれまでは日本語で読むことは叶わなかった。それが可能となった。城田氏の尽力を多とし、感謝したい。<br /><br />城田氏は巻末で、本篇の先行作品としてカルデロンの『人生は夢』、ヴォルテールの『白と黒』などを挙げておられるが、ウイーン文化に対する南方のイタリアやイベリア半島の文化の影響を考慮すれば、カルデロンを今少し詳しく取り上げては如何かと私見する。<br /><br />発表会のあとは恒例の飲み会。駅近くまで（かなりある）歩いて居酒屋「かじ亭」へ上り、総勢20名ほど海の幸と地酒を堪能し、歓談する。<br />一昨年は地酒「獅子吼」などを酌んで談論風発の一刻を過ごしたが、今年も2次会、3次会と宴は続いた。<br /><br />大阪を覚悟して出たものの、金沢は意外と寒くなく、その分いささか風情に欠ける思いがする。しかし人出は相変わらず多く、ホテルの朝食の席でも聞こえてくるのは坂東訛りばかりというありさま。老母への土産に末広堂の「きんつば」、妻へは「手取川」一本を提げて早々に車中の人となる。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186840554.html</link>
      <title>［vol.60］イプセン『野がも』を観る</title>
      <pubDate>Sun, 01 Dec 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>イプセンの『野がも』を観た。清流劇場の11月公演。シナリオは毛利三彌の翻訳を使い、演出は田中孝弥。劇場は大阪天王寺の一心寺シアター倶楽。これが書かれたのは1884年11月である。翌1885年1月にベルゲンで初演された。作者56歳。晩年の作といっていい。ちなみに『人形の家』（1879年）の6年後であった。製材工場を営む富豪ヴェルレの息子グレーゲルスが山の上の仕事場から久しぶりに戻ってくる。それを祝うパーティーから劇が始まる。登場人物は互いに錯綜している。ヴェルレとそのかつての友..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
イプセンの『野がも』を観た。清流劇場の11月公演。シナリオは毛利三彌の翻訳を使い、演出は田中孝弥。劇場は大阪天王寺の一心寺シアター倶楽。<br />これが書かれたのは1884年11月である。翌1885年1月にベルゲンで初演された。作者56歳。晩年の作といっていい。ちなみに『人形の家』（1879年）の6年後であった。<br />製材工場を営む富豪ヴェルレの息子グレーゲルスが山の上の仕事場から久しぶりに戻ってくる。それを祝うパーティーから劇が始まる。登場人物は互いに錯綜している。ヴェルレとそのかつての友人で、今は落ちぶれてヴェルレの好意で何とか生きている老人エクダル。エクダルの息子でグレーゲルスの友人でもある写真屋のヤルマール。その妻ギーナ（彼女はかつてヴェルレ家で女中奉公をしていた）。その娘、14歳の少女ヘドヴィク。<br />ヴェルレとエクダルは国有林の伐採をめぐる事件後、成功者と没落者とに分かれ、エクダルの息子ヤルマールはヴェルレから経済的援助を受けて写真という新技術を習得し、新生活を始めている。しかし妻のギーナはヴェルレの愛人だった過去があり、娘ヘドヴィクもヴェルレの種らしき兆候がある。ヤルマールはそれに気づいていない。<br />山から下りてきたグレーゲルスは濁世ともいうべきそうした下界の市井の巷で一人得々と「理想」を標榜し、誰彼なしに説いてまわる。ギーナの秘密をヤルマールに漏らし、それを深い心で受け止め許してこそ理想の結婚生活、理想の夫たり得るとする、ヤルマールの苦悩はいっさい頓着せずに。この独りよがりを冷ややかに見る飲んだくれの医師レリングは「生きるためには嘘が必要だ」という。<br />19世紀末、ようやく市民社会が根付き始め、市民に自立の意識が生まれ始めた時代の市井の人間界、いわば濁世に生きる庶民の生態が悲喜劇的に展開する。しかしヤルマールのような悲劇的状況に落ち込んだ人間が、その状況を全身で受け止めて意識的に追及することはない。彼は自ら意識して悲劇を演じることはない。妻の秘密を知った後もそのまま中途半端に生き続ける。そう見える。<br />グレーゲルスは「理想」を旗印にして最後まで喜劇を演じ続ける。真面目に演じれば演じるほどますます喜劇的になる喜劇を。<br />この世は悲劇である、と一方的に見切ることはできないし、喜劇でもあるとしてしまうこともできない。人間の生活を、人間社会を、包括的に描けばそうなる。<br />中途半端なヤルマールは、その中途半端さのゆえに近代現代社会の主人公たり得る。「人間、生きるには嘘が必要だ」というレリングの達観したような総括は正直一途の「病人」グレーゲルスの処方箋となり得るものだが、ときには泣き崩れたくなるヤルマールにとっても格好の特効薬になるだろう。それは悲喜劇が錯綜する今の世を生きるわたしたちにとってもそうである。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186767889.html</link>
      <title>［vol.59］ハウプトマン</title>
      <pubDate>Fri, 15 Nov 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>ドイツ語のwebenは「織る」、「編む」、その名詞形Weberは「織る人」、「編む人」、すなわち「機織りをする人」の意だが、辞書には「織り工」、「織り屋」などと載っている。そういう名の戯曲がある。ドイツの劇作家G・ハウプトマン（1862-1946）が1892年に書き、1893年に初演した。それを来春大阪で上演しようという企画がある、（清流劇場、一心寺シアター倶楽）。頼まれて日本語にした。ただ「織り工」と言う訳語はなんだか語呂が悪いので、題名は『機織る人々』とした。1800年代..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ドイツ語のwebenは「織る」、「編む」、その名詞形Weberは「織る人」、「編む人」、すなわち「機織りをする人」の意だが、辞書には「織り工」、「織り屋」などと載っている。<br />そういう名の戯曲がある。ドイツの劇作家G・ハウプトマン（1862-1946）が1892年に書き、1893年に初演した。それを来春大阪で上演しようという企画がある、（清流劇場、一心寺シアター倶楽）。頼まれて日本語にした。ただ「織り工」と言う訳語はなんだか語呂が悪いので、題名は『機織る人々』とした。<br />1800年代半ばにドイツ東部のシュレジエン地方（現ポーランドのシロスク）で起きた住民の一揆を素材にした、いわゆる社会劇である。当時この地方で機織り産業に従事していた貧困階級の住民らが飢餓に耐えかねて起こした反乱事件を描いている。貧困にあえぐ庶民の生活、彼らを律する宗教、収奪する工場の旦那衆、我慢し切れず立ち上がる民衆等々がリアルに描出される。<br />こんな遣り取りがある。<br /><br /><blockquote><strong>ハイバー</strong>　その布に包んだものは何です？<br /><strong>バオメルト老</strong>　にっちもさっちもいかんようになってなぁ、飼っとった犬をバラしてもろうたんじゃ。肉付きゃ悪かった。飢え死に寸前じゃったからなぁ。<br />可愛らしい仔犬じゃったがな。わしゃこの手でやりとうはなかった。とてもそんな気にゃなれんかった。<div style="text-align:right;">（第1幕）</div></blockquote><br />彼らの飢餓状態を示す一節だ。<br /><br />19世紀のヨーロッパは激動の波のなかにあった。いっとき全域を席捲したナポレオンは失脚しフランスは王政復古するが、再び革命が起きてナポレオン３世の帝国となった。長らくドナウ河流域に君臨していたハプスブルク帝国もようやくその勢力を失いつつあった。代わって台頭してきたのがプロイセンである。そうした時代背景のなかで生まれてきた市民意識は時代を反映する社会劇を生み出す。ハウプトマンに先立ち、すでにイプセンが『人形の家』（1879）を発表している。ノラは新しく先駆的な女性像の登場を鮮やかに示した。<br /><br />ハウプトマンが描くのは、ノラのような独立した個人の象徴的人物像ではなく、社会の下層にうごめく貧民の群像とその蜂起である。19世紀から20世紀にかけての変動する社会のなかで、貧しい庶民の欲求が政治的な力となって顕在化し革命となって結実するのは1917年のロシア革命が最初だが、それまでにも小規模な一揆や反乱は多々あったのだ。<br />日本が維新以来の富国強兵路線を遂行し、その一つの成果として日露戦争に勝利するのは1905年のことだが、その10年前にハウプトマンは『機織る人々』を書いた。残念ながら日本では（銃後の）庶民生活はじゅうぶんに書かれていない。国民作家漱石も書いてはいないのだ。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186733350.html</link>
      <title>［vol.58］夕日</title>
      <pubDate>Fri, 01 Nov 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>上る朝日や沈む夕日を一つの景色として見ることはあまりないが、沈む夕日をみることだけを目的にした小旅行をしたことがある。古い話だ。1990年代初頭の夏、ギリシアに滞在していたとき、アテネからバスで南下しアッティカ半島突端のスニオン岬まで行った。そこに建つポセイドン神殿から西の彼方に落ちる夕日を見ようというのである。エーゲ海の夏は日が長い。陽は午後8時過ぎにやっと落ちる。ポセイドン神殿の石柱に、ギリシア独立戦争時イギリスの詩人バイロンが書き付けた落書きがあると聞いていたが、神殿は..</description>
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上る朝日や沈む夕日を一つの景色として見ることはあまりないが、沈む夕日をみることだけを目的にした小旅行をしたことがある。<br /><br />古い話だ。1990年代初頭の夏、ギリシアに滞在していたとき、アテネからバスで南下しアッティカ半島突端のスニオン岬まで行った。そこに建つポセイドン神殿から西の彼方に落ちる夕日を見ようというのである。エーゲ海の夏は日が長い。陽は午後8時過ぎにやっと落ちる。ポセイドン神殿の石柱に、ギリシア独立戦争時イギリスの詩人バイロンが書き付けた落書きがあると聞いていたが、神殿は封鎖されていて中へ入ることができず、確かめようがなかった。神殿の西側から真っ赤に燃えながら沈みゆく太陽を見た。<br /><br />それと同じ沈みゆく赤い太陽を淡路島の南西部、慶野松原で、つい最近見た。<br />もう秋である。日の入りは早い。6時前だったろうか。夏には海水浴客でにぎわったはずの砂浜から四国北部と思しきあたりの海づらに落ちてゆく大輪の赤光を見た。<br /><br />スニオンのときは愚妻と愚息二人と一緒だった。落日には早すぎる午後、岬の下の海でひと泳ぎし、それから岬の上の神殿まで上ったのである。<br />慶野松原では、愚息らは遠く東都に出ていて帰らず、愚妻と二人で見た。<br />「スニオン、憶えているかい？」と訊いてみたら「憶えてる」と言った。<br /><br />あのときは落日を見届けたあと、またアテネまで取って返したが、宿に着いたのはもう10時を回っていたのではなかったろうか。<br />淡路では慶野松原の松林の中に宿があった。陽が落ちて暮れ始めたころ夕食をとる。豊富な海鮮料理のほかに、珍しやスペイン風「パエリャ」が出て、白と赤のワインとともに食す。<br /><br />翌日は同行した仲間たちと鳴門まで下り、まず海から渦潮を見、大塚美術館で泰西名画（陶製）を鑑賞する。晴天。人多し。市内の寿司屋で昼食をとったのち散会。<br /><br />スニオン岬のポセイドン神殿は、海ゆく民を守る神ポセイドンの名にたがわず、月光を浴びて白く光るその石柱が灯台の役を果たしたと伝えられる。<br />わが淡路島は謎の歌人源兼昌によってこう詠われている。<br /><br />　　淡路島通う千鳥の鳴く声に<br />　　　いく夜寝ざめぬ須磨の関守り<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186674284.html</link>
      <title>［vol.57］針江生水</title>
      <pubDate>Tue, 15 Oct 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>誘われて針江生水（はりえ・しょうず）の郷へ行ってきた。大人の秋の遠足である。琵琶湖の西岸をほとんど北端まで北上する。JR湖西線では新旭駅の近くになる。辺り一帯には比良山系に降った雨雪が地中に潜伏したのち清水となってぽこぽこと湧き出している。生水（しょうず）である。どの家も庭先きや台所にこの噴水泉を有し、生活水として使っている。これを「かばた」と称する。各噴水泉をつなぐ水路が張り巡らされていて、そこには鯉やアユが跳ね回っている。かつては各家の水場に浸けられた釜の飯粒が格好のエサ..</description>
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誘われて針江生水（はりえ・しょうず）の郷へ行ってきた。大人の秋の遠足である。<br /><br />琵琶湖の西岸をほとんど北端まで北上する。JR湖西線では新旭駅の近くになる。辺り一帯には比良山系に降った雨雪が地中に潜伏したのち清水となってぽこぽこと湧き出している。生水（しょうず）である。どの家も庭先きや台所にこの噴水泉を有し、生活水として使っている。これを「かばた」と称する。<br />各噴水泉をつなぐ水路が張り巡らされていて、そこには鯉やアユが跳ね回っている。かつては各家の水場に浸けられた釜の飯粒が格好のエサになっていたのだという。魚影を見なが地区を一巡する。途中の禅寺正伝寺には噴泉から生じたけっこう大きな池もある。<br /><br />付近の小さな酒蔵を訪ね、湖北の銘酒「松の花」を試飲する。やや辛口。杜氏は能登から来るというが、その姿は場内になく、今年の酒造りはまだ始まっていない。家への土産に一瓶購入する。<br /><br />昼食は近くの牧場内にあるレストランで焼き肉だった。夕食は、それを目当てに来たアユの予定だが、その前に近くにある大農園で栗拾いをする。西日照るなか、草むらに落ちた栗のイガの中から実を取り出すのに苦労しながら奮闘し、なんとか土産に持ち帰るだけの量を確保する。いささかの汗と疲労。<br /><br />アユは絶品だった。都会の街中で売られ食されているものとちがって、身が引き締まり、生前は精悍なアスリート（!?）であったか、と思わせるような姿態。体長約15cm。それを焼いて、少々の塩だけで食す。まことに美味い。5、6尾くらいはまたたくまに胃の腑に収まる。合わせる酒は、同伴者の意向もあってよく冷やした白ワイン。これが意外といける。お添えに近江肉のローストも付く。これまた美味。<br /><br />ワインを選択するときに、肉料理には赤と教えられるが、要は自分の舌に合えばよいのであって、俗説（!?）に惑わされることはない。すべて美の基本は己にあるのである。<br /><br />とっぷり暮れた午後8時、宴を終えて帰路につく。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186629524.html</link>
      <title>［vol.56］同期会</title>
      <pubDate>Tue, 01 Oct 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>同期会開催の通知が届いた。同期会とは同窓会のことだが、われらの小さな会は発足以来その名を使っている。郷里の中学の同窓会関西支部の年1回の会合である。総勢10名ほど。隠れ会員がいるかもしれないが、毎回集まるのは10名内外。かつて大阪に住んでいたが今は郷里に帰っていて、会合の時にだけ出て来るという者もいる。熱心というか変わり者というか。もちろん歓迎される。郷里の中学校には恒常的な同窓会組織はなく（確信はないが、おそらく）各年度の卒業生が全校的に集まるか、各クラスごとに集まるか、そ..</description>
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同期会開催の通知が届いた。同期会とは同窓会のことだが、われらの小さな会は発足以来その名を使っている。郷里の中学の同窓会関西支部の年1回の会合である。総勢10名ほど。隠れ会員がいるかもしれないが、毎回集まるのは10名内外。かつて大阪に住んでいたが今は郷里に帰っていて、会合の時にだけ出て来るという者もいる。熱心というか変わり者というか。もちろん歓迎される。<br /><br />郷里の中学校には恒常的な同窓会組織はなく（確信はないが、おそらく）各年度の卒業生が全校的に集まるか、各クラスごとに集まるか、そのいずれかになっている（はずだ）が、われわれの学年の場合はそのいずれの会も最近とんと開かれていない。残念ながらよほど献身的な世話好きがいなければ、たとえ毎年でなくても開催は難しい。郷里を出た者が「開いてくれよ」とねだるのも何となく憚われる。あれやこれやで昨今は帰郷する機会はほとんどない。<br /><br />関西支部は7、8年前から年1回の会合が定期化してきた。M君のおかげである。<br />元商社マンで豊中在住のM君が幹事役を引き受けてくれ、阪神間の「旨くて安い店」を見つけてくる。われらはそれに任せて集り、食事と近況報告を楽しむ。それだけである。今年は新大阪駅近くの某ホテルの中華飯店を会場とすることに決まっている。<br /><br />われわれの中学校は2校の小学校の卒業生が進学することになっていた。そんな場合、双方の小学校を代表するガキ大将が新世界での覇を競うはずのものだが、幸いなことにそのことに特化した「事件」は何も起こらなかった。うまく合流したのである。<br /><br />巷には「新制」という言葉が飛び交っていた。エリートしか進学できなかった「旧制」と違って、「新制中学校」は誰でも行けたのだ。ただ急ごしらえのこととて校舎をはじめ諸施設が整っていなかった。われらの中学校は郊外の田圃の中にあった大阪酸素という会社の廃工場を転用したもので、先輩の2、3年生だけが新築の2階建て校舎に収容されていた。<br /><br />いろんな教師がいた。当時流行していた劇画（?）の主人公「黄金バット」に酷似していた教頭イノウエこと「オーゴン」、県洋画壇の中堅「テラオのハンチャン」、昼食にトーストパンにバターを塗って喰っていた国語のササキ（この人は夏になると慶応のスクーリングを受講しに上京していた）、南方の戦地帰りのキリノ（前立命館出身の将校、現NHK放送劇団の声優）等々。<br /><br />筆者はこのキリノにリクルートされてNHK学校放送に声優として出演し、30分100円（税一割引かれて手取り90円）を稼いでいた。<br />当時の（児童劇団の）仲間でのちに役者稼業に身を落とした（!?）者はいない。せいぜいが高校演劇部での活動くらいまでである。大人の劇団員のなかにはいた。「岡ちゃん」という上手いおばさまがいて、東京へ出てけっこう活躍していた。あとの面々は地元の「葦川会館」を根城にキリノの脚本・演出で演劇活動に打ち込んでいた。<br /><br />ほとんどの人が鬼籍に入った。余所事ではない。こちらもそろそろ準備しないといけない。準備というのは、向こうでの話のタネである。タネは多種多彩であるのが望ましい。そのためにもあとしばらくはこちらで奮闘する必要がある。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186559407.html</link>
      <title>［vol.55］かもめ</title>
      <pubDate>Sun, 15 Sep 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>かつて俳優座や文学座といった在京の劇団が本邦の演劇活動、ひいては文化活動の一端を牽引していた、そういう時代があった。労演という文化組織の活動の波に乗って日本各地の劇場を巡演し、生で見る演劇の面白さを伝えてくれていた。その頃の上演の演目はチェーホフが多かった――これは数的データによらぬごく私的な感想に過ぎないが――そんな気がする。『桜の園』や『三人姉妹』や『ヴァ―ニャ伯父』、『かもめ』などで、東山千栄子、大塚道子、宇野重吉などが活躍していた。こうした演目がかかるのは、京都ではた..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
かつて俳優座や文学座といった在京の劇団が本邦の演劇活動、ひいては文化活動の一端を牽引していた、そういう時代があった。労演という文化組織の活動の波に乗って日本各地の劇場を巡演し、生で見る演劇の面白さを伝えてくれていた。<br /><br />その頃の上演の演目はチェーホフが多かった――これは数的データによらぬごく私的な感想に過ぎないが――そんな気がする。『桜の園』や『三人姉妹』や『ヴァ―ニャ伯父』、『かもめ』などで、東山千栄子、大塚道子、宇野重吉などが活躍していた。<br /><br />こうした演目がかかるのは、京都ではたいてい京都会館のシアターで、たとえば京大西部講堂の学生演劇とは違って舞台装置も俳優の所作も、また演出も、すべて一皮むけた洗練された味があるように思われた。プロだから当然といえば当然のことだったが。いま思えばチェーホフを観たり読んだりしながら、同時に、抬頭して来る新しい力に負けて衰退し没落していく古い階級古い世代の諦念やまた無為徒食のインテリの自虐を窺い知り、それを青春の壁にぶち当たって苦悩する自我の姿に自分流に重ね合せていたのだろう。身勝手なことこの上ないが、しかしいま読んでもチェーホフは身に沁みるところがある。<br /><br />その頃だったか、知り合いの歌詠みの少女がとつぜん舞台女優になるといって上京した。それまでは女子高の文芸部で若者の感性を繊細に掬い上げた何首もの歌を発表していた文学少女だった。それが「わたしはニーナになる」と言って故郷を飛び出して行った。しかし一、二年して帰って来た。修業は厳しかったらしい。「あの世界はたいへんな競争社会」と漏らした、と伝え聞いた。そしてまもなくそれまで彼女に文化的刺激を与え続けていた（らしい）男性と結婚した、と伝え聞いた。<br /><br />古代ギリシアの演劇界に女優はいなかった。女性役も男優が演じた。アンティゴネやパイドラを「演じてみたい」と思う少女がいたかもしれないが、演じた少女はいなかった。前４世紀の末の頃、アレクサンドロス大王の故地に近いアブデラの町でのこと、市民は真夏に上演されて好評を博したエウリピデス作『アンドロメダ』のセリフを毎日歌い歩き、冬になるまでやめなかったというが、その中には芝居好き文学好きな少女らもあるいは混じっていたのではあるまいか。<br /><br />ニーナになると言いながらニーナになれなかったあの少女は今いずこ。トレープレフを密かに自認しながら短銃の引鉄を引き得なかった男はいまだ馬齢を重ねている。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186471298.html</link>
      <title>［vol.54］台湾の風</title>
      <pubDate>Sun, 01 Sep 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>台北の東呉大学外国語文学院修士課程で学んでいたN嬢が修士号を取得して帰国してきた。郷里の金沢から台風一過後にぶり返した暑さの中、神戸まで報告に来てくれた、「ふ―、暑い、台湾より暑いですね」と言いながら。クーラーを浴びせるようにして汗を取らせたのち、愚妻と三人で予約しておいた鮨処「真砂」へ乗り付ける。午後三時、客の影はまだ無い。金沢も海の幸に恵まれた町だが、同じ海の幸でも瀬戸内海を控えた京阪神では夏はなんと言ってもやはり鱧にとどめを刺す。ということでまずは湯引きから始める。飲み..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
台北の東呉大学外国語文学院修士課程で学んでいたN嬢が修士号を取得して帰国してきた。<br />郷里の金沢から台風一過後にぶり返した暑さの中、神戸まで報告に来てくれた、<br />「ふ―、暑い、台湾より暑いですね」と言いながら。<br /><br />クーラーを浴びせるようにして汗を取らせたのち、愚妻と三人で予約しておいた鮨処「真砂」へ乗り付ける。午後三時、客の影はまだ無い。金沢も海の幸に恵まれた町だが、同じ海の幸でも瀬戸内海を控えた京阪神では夏はなんと言ってもやはり鱧にとどめを刺す。ということでまずは湯引きから始める。飲み物はビールで喉を潤したあと「白鶴」の冷酒を注文する。<br /><br />「このあとはどうするの？日本へ帰るのか、それとも……」<br />「来年5月まで向こうにいます。日本語学校の教師を続けながら」<br />「それから？」<br />「どこか商社みたいなところがあれば……」<br />「中国語を生かせるような？」<br />結婚問題もある。急ぐこともないが、急がないわけにもいかない。<br />前回帰国したときは「東京で会わなきゃならないことになっていて」ということだったが、「その後いろいろありまして」いまは白紙です、と言う。いつの世もこの件だけは難しい。<br /><br />刺身の盛り合わせやらカツオのタタキ、それも一段落して握りをつまんだりしているうちに夕刻となる。<br />珍しいことに知り合いが二組入ってきて「やあ、やあ」ということになる。盆明けの週末である。けっこう客が立て込んできた。<br /><br />N嬢はなかなか行ける口である。それに合わせて盃を重ねるうちにこちらもほろ酔い機嫌になってきた。昼間から飲む酒はよく効く。8時前に腰を上げ、大阪のホテルに帰るN嬢を住吉の駅に送る。<br /><br />久し振りに台湾の風に当たって気分は爽快。彼女と毎週顔を合わせていた教室がゆくりなくも思い出され、しかしそれで元気を貰う。<br /><br />先般釜山まで船で旅をしてきたが、あれに台北までというクルージングもあるらしい。N嬢がまだいる間に台湾を訪れてみるのもいいかなと思う。日影丈吉の筆の跡をどこまで辿れるか不明だが、一番のお目当ては台南の高雄である。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186389873.html</link>
      <title>［vol.53］『アルケスティス異聞』上演始末</title>
      <pubDate>Thu, 15 Aug 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>劇団清流劇場7月公演『アルケスティス異聞』のシナリオ作成を担当した。その顛末を記しておきたい。エウリピデスの『アルケスティス』（前438年上演）はサテュロス劇の代替品として上演された、すなわち上演4作品の最後4番目に口直しの小品として上演されたとしている。とはいえサテュロス劇（及びその代替品）がつねにコミカルな附録の小作品ばかりというわけでもない。けっこうシニカルな問題も扱われている。ギリシアの小国ペライの王妃アルケスティスは夫アドメトスの身代わりとなって死ぬ。アドメトスの友..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
劇団清流劇場7月公演『アルケスティス異聞』のシナリオ作成を担当した。その顛末を記しておきたい。<br /><br />エウリピデスの『アルケスティス』（前438年上演）はサテュロス劇の代替品として上演された、すなわち上演4作品の最後4番目に口直しの小品として上演されたとしている。とはいえサテュロス劇（及びその代替品）がつねにコミカルな附録の小作品ばかりというわけでもない。けっこうシニカルな問題も扱われている。<br /><br />ギリシアの小国ペライの王妃アルケスティスは夫アドメトスの身代わりとなって死ぬ。アドメトスの友人ヘラクレスがたまたまそこへ行き合わせ、葬儀の取り込み中にもかかわらず手厚い接待を受ける。事実を知ったヘラクレスは感じ入り、歓待のお返しに死神の手からアルケスティスを取り返してやる。<br />かくして大団円となるのだが、アルケスティスは死神に捧げられた身の浄めが済むまで三日間口が利けないことになっている。その三日が経つまでに、しかし劇は終わってしまう。「そりゃないだろう、三日後に彼女が何を喋るか、聞かせてくれ」と、客席の男たちは、いや女たちも、騒ぐ――はずである。<br /><br />原作にはない三日後のアルケスティスの言葉と行動を「かくやあらん」と書き加えたのが『アルケスティス異聞』である。<br /><br />死から甦ったアルケスティスはもうかつての彼女ではない。新しい生を求めて家を出る。そんな近代的な自立する女性をギリシア古典劇に唐突にくっつけてはならん、とお叱りを蒙るかもしれない。千秋楽のアフタートークの場でも客席からそういう批判の声が上がった。それじゃノラの二番煎じに過ぎないということだろう。<br />しかしアルケスティスはノラではない。前5世紀半ばにも「生きること」を始めた女性はいたはずで、なにもノラがその種の最初の女性ではない。むしろノラこそアルケスティスを模倣したのだ。付け加えれば、新しく出発する彼女に触発されてアドメトスも新たな生を生き始める――そういう状況を三日後の彼ら二人の前途に予想できる――『アルケスティス異聞』の異聞たるところはそこにある、と言っておこう。<br /><br />古典は後世の各時代の吟味を受ける。受けてまたいっそう強靭になる。そしてその都度蘇生する。<br /><br />ギリシア悲劇はオイディプスやメデイアやアンティゴネら選良のためにだけあるのではない。そこには死と生をめぐって罵り合うぺレスとアドメトスのような庶民の味が横溢する親子も居る。日常生活の足下にも悲劇は転がっている。<br />庶民は悲劇を言挙げしないだけだ。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186342944.html</link>
      <title>［vol.52］ピンポンダッシュ</title>
      <pubDate>Thu, 01 Aug 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>家人が留守の日は留守番役をしなければならない。電話番から始まって各種集金の応対、宅急便の受け取りなど多岐にわたる。午後3時ごろ、部屋にいると外の廊下でピンポンと鳴る音がする。階下の門口に付けてある装置のボタンが押されたのだ。腰を上げて廊下に出て機器の画面を見るが、人影は写っていない。わざわざ玄関まで降りて行くこともなかろう。部屋の窓から首を出して門口あたりをさぐってみるが、どうやら無人の様子である。ときどきこんなことがある。拙宅の前のバス通りの歩道部分は近くの中学校の通学路に..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
家人が留守の日は留守番役をしなければならない。電話番から始まって各種集金の応対、宅急便の受け取りなど多岐にわたる。<br />午後3時ごろ、部屋にいると外の廊下でピンポンと鳴る音がする。階下の門口に付けてある装置のボタンが押されたのだ。腰を上げて廊下に出て機器の画面を見るが、人影は写っていない。わざわざ玄関まで降りて行くこともなかろう。部屋の窓から首を出して門口あたりをさぐってみるが、どうやら無人の様子である。ときどきこんなことがある。<br /><br />拙宅の前のバス通りの歩道部分は近くの中学校の通学路になっている。おそらくそのうちのAかBが知らぬ顔をしてボタンを押したのだろう。<br /><br />憶えがある。遠い昔、小学校の通学路の途中にちょっとした邸宅があった。進駐軍に接収されて今は将校官舎だという噂だった。ときおりダンスパーティ―なども開かれていたらしい。市の中心部は終戦の年の6月末の空襲で丸焼けとなったが、東部の山に近い一帯は焼失を免れた。六高の校舎、日銀の行員寮、県庁職員の官舎などがある中にわれらの小学校もあった。<br /><br />その通学途中、この邸宅の呼び鈴をちょっと押す。そして猛ダッシュで逃げ去る。たいていは下校時である。それをよくやった。われら以外にも、そうやってスリル満点の遊戯をやっていた連中もいたかもしれない。<br /><br />「カバン持ち」もやった。これは中学生になってからもやった。友達三、四人で下校する途中、じゃんけんで負けた者が罰として皆のカバンを持って運ぶ。途中で犬を見つけたら罰則は解消し、新たにじゃんけんをやり直す、というものだ。子供は場に応じてさまざまな遊びを思いつくものだが、流行り廃りもあるのだろうか、最近はとんと見かけない。少なくとも拙宅近辺では。<br /><br />「ピンポンダッシュ」のほうは、しかし今も盛んなようだ。玄関ベルは、昨今では邸宅はもとより一般庶民の陋屋にも付いているから、子供たちが狙う獲物は随所にある。するほうはし放題、される方はされ放題だ。<br />玄関ベルが大邸宅を象徴するものとして存立していた時代では、たとえ押し逃げされても家の主人は慌てず騒がず、子供たちの悪戯を平然と受け流していたものだが、今どきの陋屋の主人には残念ながらそのような大人君子の風格はない。捕まえて懲らしめてやろうと玄関先へ飛び出すものの、敵はとっくに逃げ去ったあと、歯ぎしりしながら地団太踏むのがせいぜいだ。<br /><br />やがて夏休みだ。といって油断はならない。部活で登下校する子供が多いからだ。大人ならぬ小人凡夫のわが身に、押されても平然と受け流すことがはたしてできるかどうか。この夏の観察課題である。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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        <item>
      <link>http://demachi-yanagi.seiryu-theater.jp/article/186254305.html</link>
      <title>［vol.51］小航海記</title>
      <pubDate>Mon, 15 Jul 2019 10:00:00 +0900</pubDate>
      <description>誘われて小航海をしてきた。「ダイアモンド・プリンセス号」という巨大客船に乗って、神戸港から高知、鹿児島を経て韓国の釜山まで往復6日間の船旅である。本当はエーゲ海クルーズが望みで、心中ではしばらく前から漠然と予定していたのだが、諸般の理由で無理とわかり、くだんの小航海に――渡りに船というにはいささ角落ち感無きにしも非ずだが――乗ったのである。誘ってくれた人はすでに何回かクルージングに参加して、この種の船旅の処方に慣れている。そのあとに付いて船内を回遊していれば、まずは大丈夫だろ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
誘われて小航海をしてきた。「ダイアモンド・プリンセス号」という巨大客船に乗って、神戸港から高知、鹿児島を経て韓国の釜山まで往復6日間の船旅である。本当はエーゲ海クルーズが望みで、心中ではしばらく前から漠然と予定していたのだが、諸般の理由で無理とわかり、くだんの小航海に――渡りに船というにはいささ角落ち感無きにしも非ずだが――乗ったのである。<br /><br />誘ってくれた人はすでに何回かクルージングに参加して、この種の船旅の処方に慣れている。そのあとに付いて船内を回遊していれば、まずは大丈夫だろう。<br />いざとなればデッキに坐って海を見ながらビールでも飲んでいればよい。<br /><br />船は夜間に航海して、寄港地では朝から夕刻までたっぷり周遊時間が確保されている。<br />高知では船からのシャトルバスで市内へ。まずははりまや橋、次いで日曜露天市場を冷やかし、昼食にカツオのタタキを塩味で食す。夜は船でオードリー・ヘプバーンお薦めと称するスパゲティその他を食したのち、船内の大シアターでミュージカル・ヒットメロディのパレードを楽しむ。<br /><br />鹿児島ではレンタカーを借り、同行の知人の運転で桜島を一周。遠くからでは白煙に隠れた噴火口も近くに行けば姿を見せる。往年の噴火で破壊された湯の宿の浴場だけ営業中のところを捜し、ゆったりと温泉に浸かる。船の狭いシャワールームとは大違いだ。夜の天文館は断念。船に戻ってイタリアンレストランで夕食。持ち込み（一定の開栓料を払えば可）のワインを飲み、大劇場で落語（枝雀の弟子筋のダイアン・某女史）を楽しむ。<br /><br />釜山ではオプショナルツアーの一つ「梵魚寺・免税店・海鮮市場を巡るバスツアー」に参加。梵魚寺は釜山市北部の山中にある禅宗の古刹だが、日本の類似の寺院に比べるとどうも荘厳さに欠ける印象がある。年月とともに薄れてきているとはいえ、壁に残る極採色には違和感を禁じ得ない。<br />港の魚市場の露天に並べられている魚貝類はなぜか鮮度が優れず、購買欲を喪失させる。たとえ新鮮でも、旅の身には買い込むことは無理なのであるが。<br />夜、船内の寿司屋に坐って日本酒を飲みつつ鮨をつまむ。<br />食後、大劇場でミュージカル「ザ・シークレットシルク（民話「鶴の恩返し」の洋風版）」を観る。舞台装置が船内劇場とは思えぬほど凝っていて豪華。俳優たちも各自熱演で楽しく見せる。最後、観客全員スタンディングオベイションで幕を閉じる。<br /><br />神戸出港時の天候は雨と強風。紀伊水道以南ではどうなるものかと危惧したが、10万トンの船はいささかも揺れず高知着。以後は好天に恵まれ、自室のデッキに出て輝く海と空をしばし眺めやる毎日。ルームサービスの朝食をデッキチェアにくつろぎながら楽しむこともできた。<br /><br />ただこのように楽しむことに忙しく、海上は暇だろうからと持参した書物は1ページたりとも開くことなく、葡萄酒色の海を友に瞑想にふけることも一刻としてなかったことは遺憾としなければならない。凡人は置かれた状況に唯々諾々として従うもの、それを認識させられた6日間だった。<br /><br />30年ほど前、若かりし妻、幼き息子たちとともにアテネのピレウス港からアイギナ島まで一日クルーズをしたことがある。アファイア神殿の横の松林でセミを捕まえたっけ……<br />出来るかどうかわからぬが、エーゲ海クルーズは予定表から外さないでおこう。<a name="more"></a>

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            <category>読む・歩く・飲む</category>
      <author>出町 柳</author>
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