2018年01月01日

[vol.14]金沢で飲みつつ学ぶ

金沢が遠くなった。
特急電車で2時間半。だから道は決して遠くはない。ただ北陸新幹線の開通以来、なんとなく足が遠のく思いがするのだ。新幹線で東京から2時間半、東都の閑人階級が大挙押し寄せ、一段と観光都市化した。金沢にとっては好いことだろうが、こちらは困る。とにかく宿の確保が厳しくなった。それもあって、これまでは関西の奥座敷として心おきなく出かけられたのに、それがそうでなくなった。

新幹線で襲来する東夷に荒らされる前に、ということで、仲間4人と徒党を組んで出かけたのが3年前の12月。その中に金沢の名家出身の人間がいて、その顔でまず「つば甚」で夕食、そのあと香林坊のクラブで酒池(まで。肉林はナシ)、翌日の昼は小松弥助で鮨、という豪遊をした。

それでしばらくは足が遠のいていたが、つい先日、また金沢へ行って来た。3年前を思い出したから、ではない。

本邦に「日本グリルパルツァ―協会」と称する小規模な研究会がある。毎年1回12月に例会を開き、会員相互が研究報告をする。これまでは京都が会場になることが多かったが、今年(2017年)は趣向を変えて金沢で、ということになった。ちなみに今年の研究発表の題目を上げておこう。
@「セラピーとしての夢――カルデロン、グリルパルツァ―、ホフマンスタール」、
A「グリルパルツァ―と中世――自己省察としての中世理解――」。
なにやら難しい。

昼の部は石川四高記念文化交流館の1室で2時から5時まで開催。夜の部の会場は香林坊の酒亭「くぼ田」。四高記念館とは指呼の間である。出席者のほとんど(といっても約20名)がそろって第2会場へ移動する。

この「くぼ田」、格式から言えば居酒屋以上料亭以下という態、貧乏学徒には嬉しい場である。もちろん日本海の冬の味覚、ブリ、香箱蟹を適価で提供してくれる。酒は店名と同じ「久保田」以下、能登の地酒が何本も用意されている。その中に「獅子吼」なる銘のものがあるのは、昼の会場での論戦だけでは収まらぬ諸公よ、続きはこれを飲みかつ酩酊し、もって獅子のごとく吼えるべしとの(幹事の)底意ならむ。

さて、グリルパルツァ―とは何者ぞ。僭越ながら、19世紀のウィーンで活躍した作家、劇作家と紹介しておこう。短篇小説『ウィーンの辻音楽師』は本邦でもよく知られているところ。良家の生まれながら身を持ち崩して市井に隠れ住む老音楽師のはかない恋の思い出と死を描く。この作品、しばしば「哀愁を帯びた」などという形容辞をつけて紹介されるが、いや、作調はむしろ暗く、重く、やりきれない。同時代のフランス小説は、たとえ暗い主題でもエスプリが利かされていて、重く淀まない。ウィンナワルツはいかに軽やかに演奏されても、下町情緒を小粋に掬い上げるミュゼットのひと節には敵わないのだ。

「くぼ田」のあと、有志三人で近所の欧風食堂「る・まるす」で仕上げのビールを飲み、研究会終了とする。それでも12時前にはホテルに帰り着く。

ひょっとしたら雪に遭うかもしれぬと厚着をして出かけたのだが、一泊二日の両日とも予想外に暖かい日和だった。

街で行きかう人の中に幾度となく坂東訛りを聞きつけて、古都金沢もいまに東夷の大都の荒波にのみ込まれむと、余計な心配をしつつ大阪へ戻って来た。
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2017年12月15日

[vol.13]海の日の沈むを見れば

縁あって名古屋の南、知多半島まで行って来た。行先は半島の南端の内海(うつみ)という町である。未踏の不案内な土地だが、新幹線1時間、名古屋で名鉄特急に乗り換えて1時間、まことに簡単に、短時間で行ける。

終着の内海駅から迎えの車で10分、小高い丘の上に棟続きの10軒のコテージがある。この宿泊施設全体を称して「海のしょうげつ」という。その一軒で、一泊二日、景色と食事を楽しみながらゆっくり過ごそうというわけである。

好天だった。しばらく寒い日が続いた後の珍しいほど暖かい日だった。着いてすぐ庭先にしつらえられた露天風呂に入る。眼前には伊勢湾の海面、遥か彼方には三重の津の町がかすかに横たわるのが見える。

「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ……海の日の沈むを見れば、たぎり落つ異郷の涙……」と島崎藤村は歌ったが、その場所は、しかしここではない。

ここの南方に、ちょうどこの知多半島と直角に交わるように、東から真直ぐ渥美半島が伸びて来ている。その先端が伊良湖岬である。その伊良湖岬に一時滞在していた民俗学者の柳田国男が浜辺に流れ着いた椰子の実を見つけ、そのことを東京へ帰ったとき島崎藤村に話し、それをもとに藤村が詩作したのが国民歌謡『椰子の実』だと言われている。作曲は大中寅二である。

藤村も椰子の実も、どうやら内海町とは無関係である。実が漂着したのは伊良湖岬であって、内海町ではない。実を見たのは柳田国男であって、藤村ではない。それはそうだが、しかし内海町の遥か南方の洋上にも同じく椰子の葉繁る島があるはずだ。
そこを出た椰子の実が内海町に流れ着くことも無しとはしない。それをまた誰か詩人が歌うこともあるだろう。ただ露天の湯船のなか、西の方遥かに夕日が沈むのを見ても、わが涙たぎり落ちることはなかった。

夕食の献立表には「平成29年霜月、秋の空・知多の海 澄み渡る頃」とあり、天然河豚、伊勢海老、飛騨牛その他の珍味が続く。合わせる酒は尾張の銘酒「九平次」。
香りがフル―ティ、味はやや強く、そっけない。尾張の国名古屋が天然河豚の産地であるとは初めて知ったが、それも含めてすべてに堪能した。

その昔、伊勢の鳥羽から伊良湖岬までフェリーで渡ったことがある。苦い旅だった。
もっと昔、いや古代ギリシアの話だが、テセウスはクレタ島のミノタウロスを退治した後、自分に惚れ込んだアリアドネを連れてクレタ島を出帆し、ナクソス島に至る。そこでアリアドネを置き去りにし、単身アテナイへ帰る。この件の後始末をしたのはディオニュソスである。アリアドネはディオニュソスと結婚して神妃となった。

テセウスはアテナイへ帰航する際、クレタでの仕事の無事遂行を表示するために白帆をマストに掲げる約束だった――伝承ではそうなっている。が、詩人シモニデスはこれを赤い帆に変えた。

勢い盛んな橿(かし)の木の/花の雫で染めあげた/紅(くれない)の帆布
(シモニデス 断片550)


アリアドネはテセウスに捨てられたのか、いや、彼女のほうから「別れましょう」と言ったのか。きらめく海面と秋の風がよしなしごとを思い起こさせる。
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2017年12月01日

[vol.12]続・観劇記

10月の末に2作続けて劇を観る機会があった。一つは前回ここに書いたシラーの『メアリ・ステュアート』(清流劇場、田中孝弥演出)、もう一つは新国立劇場関西公演(西宮芸文センター)のジロドゥ『トロイ戦争は起こらない』(栗山民也演出)である。

前者は台風直撃の日で、跳ねたあとたいへんな目に遭ったが、そのことは、ここではもう書かない。後者は幸い天候に左右されることなく、じゅうぶんに楽しめた。劇場は芸文センターの中ホール。主人公エクトールを演じる鈴木亮平が地元出身ということもあってか、多数の女性客を集め、満員の大盛況。斬新な舞台装置が思いのほか劇の内容とマッチし、バイオリン一本に託した音楽も効果的であった。

俳優陣は各人熱演。劇後半のエクトールとオデユッセウス対峙の場では、熱いエクトールに対して終始悠揚と応対する谷田歩のオデユッセウスが印象的であった。エレーヌは、シナリオではパリの下町の小娘ふうのコケトリが鼻につくが、舞台ではそれが抑えられていた。一路真輝、往年の美貌衰えず。

カッサンドルを演じた江口のりこは、線が細い。シナリオでの彼女は決してそうではなかったはずだ。ホメロス以後のさまざまな作品(悲劇など)に登場する彼女は、予言能力を持ちながらその予言は人の耳に入らぬ、いわば真実を有しながら世に受け容れられない、という悲劇性を持つ人物であるが、しかし決して弱い人物ではない。それを表現するには江口のりこは、そしてどうやらシナリオも、弱すぎる。

ギリシア方との談判でエレーヌ返還が決まり開戦が回避されるかに見えたとき、軍歌にこだわる詩人デモコスの邪魔が入り、開戦必至の様相を観客に提示して幕が降りる。ちなみに軍歌を書く詩人は常に国家を危機に導く文化人という名の市民だが、シナリオのデモコスは本来あるべき愚劣さ、軽薄さ、無意識の悪辣さに些か欠ける。その点は舞台でも同じ。ただ演じた大鷹明良は熱演。
聞かせどころは以下、でもあろうか。
エクトール (あんたがたは)言葉をすげかえ、美のための戦争だと言いながら、ぼくらをたったひとりの女のために戦わせるつもりなんです。
プリアム おまえはどんな女のためにも戦争はしないというのか?
エクトール するもんですか!
(第1幕 第6場)

トロイア戦争は「幻のヘレネ」争奪のための戦争だったとするエウリピデスの悲劇『ヘレネ』が思い起こされる。この作品のことはジロドゥももちろん承知していたであろう。

対独戦開始直前の時点で、ジロドゥはなぜ本篇を書いたのだろう。しかも敗者トロイアの側に立って。外務官僚として開戦回避の実務に従事していたはずなのに。ドイツ(ギリシア)軍が攻めてくることは、ほぼわかっていたはずなのに。反戦の歌(?)を歌って聴かせる前にするべきことはあったろうに。

劇場で劇評家の九鬼葉子氏に会った。跳ねたあとにご一緒して早速の劇評をお聞きしたいと思ったが、残念ながら叶わなかった。いずれどこかにお書きになるだろうから、期して待つとしよう。

帰途、JR摂津本山駅北口の串カツ店Cに寄る。初めての店へのとび込みだったが、明るく清潔、店の者の応対もよし。値段も手ごろで言うことなし。ビールと清酒「灘菊」の冷や。満足して帰宅する。
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