2019年05月01日

[vol.46]研究会

3月末日をもって年度が替わる。勤めを辞めた身は世俗の暦に煩わされる恐れはないからどうということはないが、それでも卒業、入学、進級など区切りの時節だな、という感慨はある。自分はもちろん、子供たちもすっかり学校を終えた今でも。

末の31日に研究会があった。以前籍を置いていた大学の研究室の春季恒例の会で、年次総会のあと研究発表もある。発表の題目はエリアス・カネッティの群集論とアイヌ語の表記の問題。出席者は約50名。ドイツ語学担当教授の退任記念会も兼ねていたので、東京、金沢、信州から駆け付けた者もいて盛会だった。

アイヌ語の表記に関する発表は退任教授のいわば退任講義ともいうべきものだったが、専門のドイツ語学とどう関係するのか、比較言語学的観点によるものでもなさそうで、野次馬的聴衆の一人に過ぎぬ愚生はただ首を傾げるだけに終わった。

退任講義は、理想論を言えば、在職時に蓄積した研究業績の成果、その粋をそっと差し出す態のものだろう。若い時に吉川幸次郎教授の退官講義を聞いたことがある。杜甫の詩を取り上げ、字句の意味を細かに解釈し、字間句間に漂う芸術的情感を汲み出す見事なものだった。長い研鑽を重ねた末に染み出す滋味あふれる一滴と思われた。

発表会のあと学術情報センター1階のレストランに席を移して退任教授の歓送会を催す。しばし盃をめぐらし、歓談。和歌山へ帰る教授を杉本町の駅で見送ったあと、居残り組は近くの昔なじみの「いわし亭」に上り、いわしのフライなどを肴に酒を汲む。思えばもう15年以上前のことになる。この「いわし亭」や近くの「ちろりん村」、料亭(と称せられていた)「新末広亭」などを経めぐり歩き、教室会議や教授会の続きをやっていた。「雪国」というのもあったな。

ここ大阪市のディ―プサウスを離れてから大阪府の東北の枚方市へ行き、そこでも駅近くの酒亭「たこ柾」で学務終了後に有志と飲み、いまは東神戸の居酒屋を愚妻と飲み歩いている。

杉本町の線路際、田中会館近くのあの一本の桜木も、早咲きだから間もなく満開となるだろう。玄関前の石碑には「桜花爛漫 月朧ろ」と、確か刻まれていたのではなかったか。
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2019年04月15日

[vol.45]森伊蔵

「森伊蔵が手に入った、飲みに来ないか」というメールが知り合いの夫婦からきた。即座に「行く」と打ち返す。愚妻を入れて四人、しゃぶ鍋をすることにし、牛肉を買い込んで参上する。知り合いは中小企業の自営者。商用で鹿児島へ出張したときに「貰ってきた」のだという。

愚生はふだん焼酎はあまり飲まず、その種々の情報にも疎いほうだが、それでも森伊蔵が天下に名だたる名酒と巷間噂されていることくらいは心得ている。それが一升ある。心昂ぶるではないか。

とりあえずビールで喉を湿らせたのち、生のままの少量を嗅ぎ、含む。何もわからぬくせにそれらしく恰好をつけるための仕草である。芋の香は予想したほどはない。重くなく爽快で切れのある味わいである。飲みやすい。それを湯割りで飲む。

時は弥生。たまに寒の戻りがあって春めいた日和はまだ少ない。梅はさすがに時季を過ぎた。この辺りでは「梅は岡本、桜は吉野」というらしいが、遠い吉野はさておき、近隣でも桜はまだ花をつけない。知人宅は東灘の沖の人工島にある。人工島には桜の木はない。あっても僅かである。拙宅近辺にも桜は少数である。桜花愛でるには東は芦屋川、西は王子公園まで出向かねばならない。せっかくの森伊蔵も桜宴の友とはならなかった。

拙宅の近所の某家に一本の大木あり。昨年はこれが満開となって楽しませてくれた。桜花爛漫、歩道にまで張り出した桜の枝の花の下、通りすがりの身に過ぎぬ者ながら、至福の一刻を過ごすことができた。さて、今年はどうか。満開の桜の木の下には鬼が棲む――とか言われている。ひょっとすると日暮れどき、その鬼に頸筋あたりへしがみ付かれるかもしれない。

劇団「清流劇場」の今年春の公演は『壁の向こうのダントン』(G.ビュヒナー『ダントンの死』の改作)だった。その「清流劇場」恒例の花見会が四月一日(といってもウソではないらしいのだ!)天王寺の茶臼山で行われる。茶臼山には桜が多い。参加されたしとの連絡あり。行ってみようと思っている。

一升瓶の森伊蔵はとても飲み切れなかった。男女四人頑張ったが、飲んだのは精々三、四合くらいだろう。他に倉敷土産だという森田酒造の濁り酒も供され、これが飲みやすくてつい過ごしたせいもある。せっかくの森伊蔵だ、抜栓しながら濁り酒のほうに口を奪われるとは何ごとぞ、と叱られるだろう。

森伊蔵と濁り酒と牛しゃぶで3時間余り、桜花こそなけれど春宵一刻値千金、朧月の下帰途に就く。
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2019年04月01日

[vol.44]「ここちよ」へ

行ってきた。淡路島の北東部に東浦というところがある。神戸の三宮から高速バスで明石大橋を渡って少し走ったところである。小一時間あれば行ける。
何をしに行ったのか。そこにある「ここちよ」という食事処で春の季節料理を楽しもうと思ったのだ。

わが住むところ神戸では春は瀬戸内の海からやって来る。六甲山麓も二月に入ると梅が咲き始め、桜がそのあとを追いかけ、花が散ると新緑が山肌一面を覆う。が、それと同時に潮の流れが柔らかい陽光にきらめき、春の海の恵みを運んでくる。
春の海の使者の一番手はイカナゴである。時節になると神戸の主婦たちは明石の浦の魚棚へ通ってこれを手に入れ、「くぎ煮」と称する佃煮をつくり、親戚をはじめ友人知人に配送する――そういう古くからの決まりごと、習慣がある。春日に香ばしい匂いが神戸の街中に広がる。そして配送の恵みを受けた者らはこれをご飯の供にし、晩酌のアテにする。

「ここちよ」――これは“ここちよい”からきたものらしい――の春のメニューは穴子である(もちろん鯛もある。瀬戸内では魚島時の鯛はことさら珍重される。岡山生まれの内田百閧フしばしば書くところである)。初夏6月から11月一杯は鱧料理、11月末から2月は河豚料理、その端境期の春は穴子や鯛の料理というわけだ。
今回いただいたのは穴子のしゃぶしゃぶ鍋と穴子重。鍋には淡路名産の玉ねぎ、春の野草セリも入る。酒は地元淡路の千年一酒造の「杯千酒」を常温で。他に地ビール。春3月ながら河豚のヒレ酒も注文する。

明石大橋から島を縦断する高速道は高い山中を走る。東浦のバス停から山腹を少し降りたところに「ここちよ」がある。周りは田圃である。古い農家風の一般住宅を改装したもので、こじんまりしている。目の下遥かに海。店主は知人のスペイン演劇研究者の昔の弟子である。若い時にスペイン語を修めてから和食料理人に転じたという変わり種。

神戸の街から遠くはない。午後遅くに出掛けて夕食を楽しんだ後、ゆっくり帰って来られる。わたしたちは帰途高速東浦から高速舞子までバス、舞子の停留所が山陽電車の舞子駅に直結しているから、あとは三宮、魚崎と一本の電車で帰って来た(ご承知のとおり山陽電車と阪神とは相互乗り入れをしているから、三宮で乗り換える必要がない)。

住まいの近所の居酒屋に歩いて行くのも、もちろん悪くない。しかし書斎での仕事を早めに切り上げて、バスでちょっと淡路まで春の味を訪ねて行くのも、これまたよし。都会の仕事場から田舎の別荘へ居を移し、暫時滞在して巡り来る春の情趣と旬の食事に堪能する――これぞ昔男の夢の疑似体験ならん。
初夏の鱧料理が今から楽しみである。
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