2018年05月15日

[vol.23]明暗々

話は冒頭から医院での医者の診察で始まる。
醫者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下した。
「矢張穴が腸迄續いてゐるんでした……〈略〉……」
(漱石『明暗』)

主人公は津田。帝大を出て会社勤めをしている。三十歳。最近結婚してお延という妻がいる。同じ東京市内に嫁入りした妹お秀がいる。両親は京都に住んでいる。
以下、津田の手術(痔疾か?)、手術後の湯治行(湯河原温泉か?)、湯治宿での清子との再会、というふうに話は進展していく。その途中で妹のお秀、叔父の藤井、吉川夫人、岡本、あるいは下層社会の窓口役ともいうべき小林らが絡む。

大雑把にいえば、作品内容は3点に要約できる。(1)経済(金銭)問題、(2)学歴の有無から生じる社会的階層の問題、(3)女性論、である。いずれも漱石のこれまでの作品では触れられなかったものと言ってよい。
経済問題といっても、津田のみみっちい金銭への執着の範囲にとどまり、国家社会の経済の動向の域まで広がるものではない。
学歴の有無だけではないが、すでに当時の社会の中に存在していた社会の階層化の問題は、小林を登場させることによって作者もそれを問題視していたらしいことが示される。ただしそれ以上にはこのテーマは進展しない。書かれる筈の続篇に期待しなければならない。

女性論については、「発言する女」としてお延とお秀が登場するが、双方ともその論旨は残念ながら明確ではない。例えば職業婦人のような自立する「新しい女」を期待することは、まだできない。
湯治宿での清子との再会は、いずれ不倫という問題も出来するかもしれず、そうすればその過程で津田は新しい人物像に変貌する可能性がある。
清子vs.お延、お秀という関係性の中で新女性論誕生の可能性もある。
小林は植民地朝鮮からの帰国後、新しく知性と人間的な深みを保持する人物に変身し、津田を越える魅力的な存在となるかもしれない。

しかしすべては続篇を待たねばならない。いまある作品『明暗』は、こうした些か勝手な夢想を許すだけのものにとどまっている。ご参考までに、この未完の作品の最後の部分を引いておこう。
津田は漸く立ち上つた。
「奥さん」と云はうとして、云ひ損なつた彼はつい「清子さん」と呼び掛けた。
「貴女は何時頃迄お出です」
「豫定なんか丸でないのよ。宅から電報が來れば、今日にでも歸らなくつちやならないわ」
津田は驚ろいた。
「そんなものが來るんですか」
「そりや何とも云へないわ」
清子は斯う云つて微笑した。津田は其微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に歸つた。
(未完)

本篇の執筆時期はすでに日露戦争から十年以上経った第一次世界大戦の最中である。
日本の近代化も進んだ。明治期の「高等遊民」には程遠く、さりとて実社会での立身出世という野望も持たず(そう見える)、サラリーマン二世として日常経済の中であくせくする津田は、まだ闊達な市民には成りえていない。作品も社会性をじゅうぶんに描き込んだ市民小説には成りえていない、その萌芽はあるけれども。われらが木曜会のK先輩は、「この作品は嫌だ」とおっしゃる。「まとまりがない」とも。漱石は晩年になってやっと新聞という媒体を自在に使える市民小説家としての姿に目覚めたと――まだ不十分ながら――愚生は評価する。続篇が夢想どおりに書かれて完成すれば面白い市民小説になったであろうと。

桜はその盛りを過ぎ、世は新緑を待っている。今宵の晩酌のアテは、頂戴ものの新筍の木ノ芽和えと明石に上がった桜鯛の薄造り。酒は「仙介」(泉酒造)の冷や。
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2018年05月01日

[vol.22]春は馬車に乗って

今年の桜は早かった。西日本では3月末から4月初めにかけて各地満開となった。
近所の家の庭にある一本がこの世の春とばかりに咲き誇り、歩道を行き交う人に惜しげもなく豪奢な花のシャンデリアを翳し、風でもあれば頭に肩に花弁を注ぎかける。
子供のころに感じた季節の変わり目のめりはりが、昨今では少し欠けてきたように思われる。国中が貧乏していて何もない時代の冬は寒かった。木枯らしが雨戸をガタガタと揺らし、通学路の水たまりには氷が張った。子供らは校舎の南側の壁に張り付いて日向ぼっこをした。春はなかなか来なかった。
いまから92年前、横光利一は短篇『春は馬車に乗って』を書いた。若い作家(と思しき主人公)が海辺の家で胸を病んだ妻の看病にひと冬を過ごす。その記録である。
庭の芝生が冬の潮風に枯れて来た。硝子戸は終日辻馬車の扉のようにがたがたと慄えていた。
(昭和文学全集5、小学館)

彼は執筆の合い間に妻の看病をし、またその合い間に妻に食べさせるため鳥屋に臓物を買いに出かける。また医者の許へ薬を貰いに行く。
「あなた、泣いていたのね。」と妻は云った。
「いや。」
「そうよ。」
「泣く理由がないじゃないか。」
「もう分っていてよ。お医者さんが何か云ったのね。」
〈略〉
その日から、彼は彼女の云うままに機械のように動き出した。
そうして、彼は、それが彼女に与える最後の餞別だと思っていた。
(同上)

死を間近に控えた妻は我儘を言って彼を困らせる。その間も、しかし病勢は進む。厳しい冬の後には春が来るはずだが、妻の体は次第に衰える。
その頃知人から二人の許へ春を告げるスイトピーの花が届けられる。
「これは実に綺麗じゃないか。」
「どこから来たの。」
「此の花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ。」
妻は彼から花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女は
その明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。
(同上)

春の贈り物スイトピーの花束が馬車の荷台に乗せられ、向こうの岬を廻ってやって来る。妻はその「春」を胸に抱く。迫り来る死の闇のなかに一瞬またたく灯火を慈しむように、春と同化するように。

むかしは春はこのようにしてやって来た。いや、横光はこのように春を受け止めて書いた。作中の二人は、一見中年の夫婦のように思われるが、しかし横光がこれを書いたのは28歳のとき(1926年)だった。妻に掛ける夫の言葉が教条的でこなれていないのが難といえば難であるが、妻の姿には死の直前の、死を直視する人間の姿が過不足なく描き出されている。
岬を廻って来たスイトピーとそれに顔を埋める妻、この一篇はそこに尽きる。そしてそこで閉じられる。

春は馬車に乗ってやって来る。なんと美しく、すがすがしく、哀しいことか。
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2018年04月15日

[vol.21]続々・観劇記

劇団清流劇場の平成30年春季公演はスイスの劇作家マックス・フリッシュの『アンドラ』(市川明訳、田中孝弥演出)で、3月7日から11日まで天王寺の一心寺シアター倶楽で上演された。その最終日を観た。

劇の場は架空の小国アンドラ、時代は現代。主人公アンドリは里親の教師カンの許で幼少のころからユダヤ人として育てられるが、実は里親カンの婚外子である。ユダヤ人ではないのにユダヤ人として育ったアンドリは社会からいわれのない差別を受け、最後には殺される。
ごく普通の素朴な市民による差別。アンドリが非ユダヤ人であることを知らぬままに誤った認識によってなされる差別。事の真贋を究めることなく、ただ自己保身に走る冷酷非情な市民社会。古今東西を問わずいつの世にも存在する一般市民による身勝手な選別意識。それが適確に表示され、突きつけられ、観客は判断を迫られる。

元はといえば、一連の騒動はアンドリの実父である教師カンが他国で妻以外の女性に生ませた子を(なぜか)「ユダヤ人の子」と言い繕ってアンドラ社会へ連れ帰ったことに起因している。人種差別(ユダヤ人問題)という大テーマ以前に、じつは婚外子をめぐる個人的かつ家庭的悲劇の素がすでにしてある。

ユダヤ人選別と排除の歴史は古い。ナチスの時代のナチスの暴虐だけに止まるものではない。ユダヤ人選別がこの劇の大きなテーマであることは明白だが、しかし劇はまず教師カンのきわめて個人的な思いなしに始まる。そしてそれは、本来ならば、家庭の悲劇として展開していくはずである。その過程で人種差別という大きなテーマが登場するかもしれないが、つまり個人的な家庭の悲劇が広範な人間悲劇、市民社会全体を取り込む社会悲劇に変貌することは決してないとは言えないが、それにしてもいまの場合この二つの悲劇をくっつける、その手管はいささか安直にしてかつ無様である、と言わざるを得ない。

教師カンが生みだした家庭悲劇は、それだけで独立した作品として成立し得る。そこにユダヤ人差別の問題を繋げることに意味がないとは言わないが、それにはまずカンがなぜアンドリを「ユダヤ人の子」としたのか、そのときのカンの心情がじゅうぶんに掘り下げられて表示されねばならないだろう。
ユダヤ人差別の状況、結果――それは多くの場に置いてすでに存分に表示され一般に周知されている――よりも、それの起因要素こそ明示されねばならない。アンドリに対する市民の差別の淵源は実父カンの誤った処置にある。われわれは市民の非情を責めるまえにカンの軽薄な無思慮を批判しなければならぬだろう。そこにもし何らかの理由があるなら、それが明らかにされねばならない。それを書けば、それだけできわめて上等な悲劇作品が仕上がるはずだ。

客席は満員の盛況。千秋楽、俳優陣はセリフ、仕草とも練れてきて快調、そして熱演。全12景、休憩を挟んで2時間半の長丁場を乗り切った。鼻持ちならぬ悪女の医師を怪演した林英世、やくざな兵士パイダーの田村K−1、白痴の上海太郎らが印象に残る。

付け加えたい。千秋楽の2日後、第20回関西現代演劇俳優賞の授賞式があり、林英世氏がめでたく女優賞を受賞された。2日前の医師役の熱演もむべなるかな。心からなる拍手を送る。
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