2019年07月15日

[vol.51]小航海記

誘われて小航海をしてきた。「ダイアモンド・プリンセス号」という巨大客船に乗って、神戸港から高知、鹿児島を経て韓国の釜山まで往復6日間の船旅である。本当はエーゲ海クルーズが望みで、心中ではしばらく前から漠然と予定していたのだが、諸般の理由で無理とわかり、くだんの小航海に――渡りに船というにはいささ角落ち感無きにしも非ずだが――乗ったのである。

誘ってくれた人はすでに何回かクルージングに参加して、この種の船旅の処方に慣れている。そのあとに付いて船内を回遊していれば、まずは大丈夫だろう。
いざとなればデッキに坐って海を見ながらビールでも飲んでいればよい。

船は夜間に航海して、寄港地では朝から夕刻までたっぷり周遊時間が確保されている。
高知では船からのシャトルバスで市内へ。まずははりまや橋、次いで日曜露天市場を冷やかし、昼食にカツオのタタキを塩味で食す。夜は船でオードリー・ヘプバーンお薦めと称するスパゲティその他を食したのち、船内の大シアターでミュージカル・ヒットメロディのパレードを楽しむ。

鹿児島ではレンタカーを借り、同行の知人の運転で桜島を一周。遠くからでは白煙に隠れた噴火口も近くに行けば姿を見せる。往年の噴火で破壊された湯の宿の浴場だけ営業中のところを捜し、ゆったりと温泉に浸かる。船の狭いシャワールームとは大違いだ。夜の天文館は断念。船に戻ってイタリアンレストランで夕食。持ち込み(一定の開栓料を払えば可)のワインを飲み、大劇場で落語(枝雀の弟子筋のダイアン・某女史)を楽しむ。

釜山ではオプショナルツアーの一つ「梵魚寺・免税店・海鮮市場を巡るバスツアー」に参加。梵魚寺は釜山市北部の山中にある禅宗の古刹だが、日本の類似の寺院に比べるとどうも荘厳さに欠ける印象がある。年月とともに薄れてきているとはいえ、壁に残る極採色には違和感を禁じ得ない。
港の魚市場の露天に並べられている魚貝類はなぜか鮮度が優れず、購買欲を喪失させる。たとえ新鮮でも、旅の身には買い込むことは無理なのであるが。
夜、船内の寿司屋に坐って日本酒を飲みつつ鮨をつまむ。
食後、大劇場でミュージカル「ザ・シークレットシルク(民話「鶴の恩返し」の洋風版)」を観る。舞台装置が船内劇場とは思えぬほど凝っていて豪華。俳優たちも各自熱演で楽しく見せる。最後、観客全員スタンディングオベイションで幕を閉じる。

神戸出港時の天候は雨と強風。紀伊水道以南ではどうなるものかと危惧したが、10万トンの船はいささかも揺れず高知着。以後は好天に恵まれ、自室のデッキに出て輝く海と空をしばし眺めやる毎日。ルームサービスの朝食をデッキチェアにくつろぎながら楽しむこともできた。

ただこのように楽しむことに忙しく、海上は暇だろうからと持参した書物は1ページたりとも開くことなく、葡萄酒色の海を友に瞑想にふけることも一刻としてなかったことは遺憾としなければならない。凡人は置かれた状況に唯々諾々として従うもの、それを認識させられた6日間だった。

30年ほど前、若かりし妻、幼き息子たちとともにアテネのピレウス港からアイギナ島まで一日クルーズをしたことがある。アファイア神殿の横の松林でセミを捕まえたっけ……
出来るかどうかわからぬが、エーゲ海クルーズは予定表から外さないでおこう。
posted by 出町 柳 at 10:00| Comment(0) | 読む・歩く・飲む
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