2019年03月01日

[vol.42]再会

N嬢が帰って来た。前に一度触れたが、昔のゼミの学生で今は台湾の大学(東呉大学)の院生。そして現地の日本語学校の講師をしながら日本語教育の専門家になろうとしている。時まさに春節、2月5日が旧正月の元日に当たるから、いわば正月休みを利用しての帰省ということになる。

金沢で家族に無事な姿を見せた後、わざわざ神戸まで来てくれた。住吉の鮨処「真砂」で平目の薄造りを皮切りに、瀬戸内の新春のネタをつまみながら「白鶴」の徳利を傾けて久闊を叙す。「こんなもの、どうですか」と店主が気を利かして出してくれたのが手長章魚の煮つけ。小ぶりで柔らかく、味がよく染みていて美味。ふつつかながらわが食人生で初見参だった。

翌日早くに東上する予定があるので控えますと言いながら、それでも注された盃は軽快に干す。相変わらずの酒豪である。昨夏も愚妻と二人で大いに飲んで暑気を吹き飛ばしたものだった。

彼女、6月には修士課程を修了する。「あと、どうするの?」しばらく台北に残って「どこか就職先を探すつもり」だと言う。日本に帰って「嫁入り先を探すことも考えてます」とも言う。難しい問題だ。ただ18名いたゼミ仲間のうち結婚したのはまだ3、4名だという。皆さん、ゆっくりしておられる。

愚生も長い人生で何度か月下氷人を務めたことがある。だが昨今、とんとお呼びがかからなくなった。最近の若者は結婚相手を捜すのに、従来の「見合い」という男女斡旋様式を敬遠し、しかるべき相手は他人の手を煩わすことなく自分で見つけ出す傾向にある。昔だってそうだった――という人も大勢いるが。「見合い」なければ「仲人」なし。良いか悪いかは別にして、そういうことになっている。月下氷人はともかく、披露宴に招ばれることもなくなった(これには種々の要因が絡んでくるのだろうが)。

「見合い」という形式を踏むことなく、自由に相手を見つけるのもいい事なのだろうが、困るのは自分の力では見つけられない者の場合だ(これが結構居る)。自主性は結構なのだが、そこにいくばくかの強制力を伴なった場合――半ば強制的な紹介――のほうがうまくゆくように思えるのだが、これは年寄りの僻目か。いずれにしても近い将来N嬢が良縁に恵まれるよう、祈るや切。

午後4時前から食べて話して飲むこと延々3時間、8時前に散会。その間に、以前ドナウを下りウィーン、プラハ、ブダペストをともに回遊したK夫妻が偶然来店し、「久し振り」と再会した。プラハの街が懐かしく思い出される。その一方で、次は西欧ではなく、台湾を訪れて日影丈吉の文の跡に触れてみるのも悪くない――そう思えてきた。

そろそろ梅の季節である。近くに岡本の梅林がある。北都は猛吹雪、東都も積雪との予報が出ているが、神戸は好天。ただ気温は低く、寒い。さて、梅はどう花を付けるだろうか。
posted by 出町 柳 at 10:00| Comment(0) | 読む・歩く・飲む
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