2018年12月15日

[vol.37]かにかくに

以前知多半島突端の宿で酒を酌み交わした仲間が今度は京都へ集合せよという。
祇園の白川沿いの宿で飯を食おうというのである。

紅葉どき、都大路は人並みに溢れかえっていた。阪急河原町駅から地上へ出て四条大橋を渡り、縄手通りを北上すると白川に行き当たる。そのすぐ右手が今宵の宿の「白梅」だ。

全部で5部屋しかない小さな宿の4部屋をわれら8人が占拠する。残る1部屋には「外人さんがお泊りどす」。

なぜ祇園か。年に1、2回小旅行をし、ご馳走を食べようという集りがある。知多半島や紀伊半島を回って来て、今回は秋の京都になったという、それだけのことだ。ただ仲間内に今春某医科大学の学長に選任された男がいて、その祝いも兼ねた。しかもそのご本人の馴染みの宿が祇園にあるというので、「じゃ、そこにしよう」となんとも安直な選定と相成った。それが「白梅」だったというわけ。

松茸をぶち込んだスキ焼を伏見の酒「古都千年」でいただく。まことに美味。
二次会は一階へ降りて小ぶりな和風バーで窓外の白川の波を眺めつつ軽くビール。

宿のすぐ近くに歌人吉井勇の歌碑がある。
かにかくに祇園は恋し寝るときも枕のしたを水のながるる

女将の話では、吉井勇は「白梅」を(「へえ、うちを」)常宿にしていたらしい。
九鬼周造のようにここから大学へ講義に通うようなことはなかったが、祇園をこよなく愛した人だった。われわれには粋な遊蕩児という印象が強いが、出自は薩摩隼人の家柄。祖父が維新後に伯爵の爵位を受けた人である。毎年11月8日には歌碑のまえでちょっとした祭りが行なわれるとのこと。残念ながら5日早すぎて参列することは叶わなかった。

白川の水音を聞きながら床に就いた翌朝、思い立って高台寺まで足を延ばす。圓徳院にも寄って秀吉夫人ねねに敬意を表す。ここも随分な人出である。

仲間と解散後、紅葉には少し早いと見限って大阪へ取って返す。天王寺の市立美術館でルーヴル展を鑑賞する。「肖像芸術」というコンセプトゆえに、半数近くを占める彫像も古代エジプトの出土品以下人面像ばかりだ。絵画もしかり。彫像では『ホメロス像』、絵画ではベラスケス『スペイン王妃マリアナ・デ・アウストリアの肖像』、レンブラント『ヴィーナスとキューピッド』、アルチンボルド『春』、『秋』、ボッティチェリ『赤い縁なし帽をかぶった若い男性の肖像』、アントワーヌ=ジャン・グロ『アルコレ橋のボナパルト』などが印象に残った。これらをパリのルーヴルで見たのは何時のことだったろう。

それにしても忙しい2日間だった。
posted by 出町 柳 at 10:00| Comment(0) | 読む・歩く・飲む
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