2018年10月01日

[vol.32]能登の姫君

夏の終わりに思わぬ来客があった。北陸金沢から白きこと雪のごとき肌もつ妙齢の淑女N嬢が見えたのだ。「ご無沙汰でした」と挨拶され、しばし歓談に及んだ。手土産に頂戴したのは銘酒「菊姫」と能登輪島産のワインのジャム(ワインを素材にジャムに仕上げた逸品。ワイン同様に赤と白がある。製造元はハイディホフ)。

輪島にワイナリーがあろうとは、そしてそれからジャムまで作るとは、初耳である。輪島といえば朝市しか思い浮かばない。かつて訪れたことがある。金沢からディーゼル車とバスを乗り継いで能登半島突端の狼煙まで行った。海岸の宿(その名も狼煙館)でしばらく夏の仕事をしようと思ったのだ。

しかし泳いだり、千枚田を見たり、時国家を見学したりして、案の定、仕事のほうはそっちのけになった。若い身空で避暑と仕事を兼ねようなどと不相応なことはせぬ方が良かったのだ。ほとんど何もせずに帰って来た。若気の至りである。

そのときに見た時国家というのは800年の伝統を持つ土地の旧家で、元は源平合戦後に京都から流されてきた平家一門の有力者平時忠(清盛の義弟)を始祖とする名家である。時国というのは時忠の息子だが、能登で家を興すに当たり、時の権力者源家の威光をはばかって平という姓を捨て名前の時国を一家の姓にしたという。時国家に二家あり、本家は上時国家、分家は下時国家と称する。
家祖時忠流刑の次第は『平家物語』に見えている。

………さしもむつましかりし妻子にも別はて、すみなれし都をも雲ゐのよそにかへりみて、いにしへは名にのみ聞し越路の旅におもむき、はるばると下り給ふに、かれは志賀・唐崎、これは真野の入江、交田の浦と申ければ、大納言なくなく詠じた給ひけり。
かへりこむことはかた田にひくあみのめにもたまらぬわがなみだかな
昨日は西海の波の上にただよひて、怨憎会苦の恨を扁舟の内につつみ、けふは北国の雪のしたに埋れて、愛別離苦のかなしみを故郷の雲にかさねたり。
(『平家物語』巻第12 平大納言被流)


時忠は壇ノ浦で死に損ない、捕虜となって帰京し、義経とうまく渡りをつけて命だけは拾ったものの、けっきょく最後は能登へ流刑の身となった。

平家一門の姫君とも見まがう美形N嬢は酒も大いに嗜む。瀬戸内の新鮮な魚貝類を賞味してもらうべく、行きつけの鮨処「真砂」へお連れする。家人と二人の女性軍、寿司をつまみつつ冷酒を粛然と飲み次ぎ、こちらは孤軍奮闘空しく酩酊し敗退する。N嬢、心もち頬を紅く染めはすれ、楚々たる風情はそのままににっこり笑って帰って行かれた。

それにしてもワインのジャムというのは、風味があってなかなかよろしい。
posted by 出町 柳 at 10:00| Comment(0) | 読む・歩く・飲む
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