史劇である。時代は16世紀後半。場所は英国。イングランド女王エリザベスとスコットランド女王メアリーの両人が政治的に、またお互いに奉じる宗教の違いで対立し抗争する。最後、エリザベスの手に落ちたメアリーが処刑されて抗争は終わる。シラーは劇の後半でこの二人を直接に対峙させ、緊迫した場面を作り出す。
死を覚悟した者は強い。メアリーは自らの命と引き換えに、エリザベスとの抗争に勝利を得る。エリザベスはメアリーを処刑し、物理的かつ政治的に勝利するが、二人の間の精神的葛藤においては自らを勝利者と自賛することはできない。力が強い者、勝利した者の心中は常に複雑に揺れ動いている。
しかし政治的に勝利した者が歴史を作る。エリザベスはこののちも強くあらねばならない。メアリーが何を言おうが、頓着する必要はない。劇の末尾、彼女はあらゆる雑念を抑えて、強い意志を籠めた眼差しを舞台中央から観客席に向けて放つ、1秒、2秒、3秒……照明が落ち、全館闇に包まれた中で劇が終わる。
上演台本の最後は以下のようになっている。少し長いが引用しておく。
エリザベス バーリー卿、言いなさい。
あなたは私の手から、死刑宣告書を受け取りましたか?
バーリー いいえ、デイヴィソンから受け取りました。
エリザベス デイヴィソンはそれを、私の名において、
あなたに渡したのですか?
バーリー いいえ、そうではありませんが……
エリザベス それなのにあなたは刑を執行してしまった。
私の意志を確かめもせず。勿論、判決は正当です。
世間の非難を浴びる余地はありません。
しかし、私の慈悲の心も確かめずに、事を運ぶのは、
あなたがたの権限を越えています。以後、目通りは許しませんよ!
(と、デイヴィソンへ)厳しい法の裁きをお待ちなさい!
(デイヴィソン、バーリー、ポーレットが去っていく)
エリザベス ――シュル―ズベリー伯爵!あなたは貴重なかたです。
私の顧問官たちの中であなただけを正義の人と考えていました。
シュルーズベリー 陛下の忠実な味方を追放なさってはいけません。
あの者たちも陛下のために行動し、
そして今は、陛下のために沈黙を守っているのでございます。
――しかし陛下、この私は十二年間お預かりしておりました
この御璽(ぎょじ)をお返しさせていただきます。
エリザベス (驚愕して)いけません、シュルーズベリー!
この大事な時に、私を見捨ててはいけません、今……
シュルーズベリー 何卒お許しください、
この度のような陛下の為され方を批准する御璽は扱いかねます。
エリザベス 私の命を救ってくれたかたが、
今度は私を見捨てるのですか。
シュルーズベリー あなたのお心の中にある気高い気持ちを、
私は何一つ盛り立てていくことができませんでした。
ご機嫌よう、安らかなご統治をお祈りいたします!
敵は死に絶え、もはや何一つ恐れるものはありません。
ご心配も無用でございましょう。(と退場)
(エリザベスは無理に気を取り直し、静かな落ち着きをみせて毅然と佇む)幕
主役の女優二人をはじめ全員好演。千秋楽は満員の客が万雷の拍手を送った。ことに不敵な面構えでバーリー卿を怪演した阿部達雄が印象に残る。
ところで楽日の22日は大型台風が関西ヘ最接近した日だった。雨風を覚悟で観劇に出かけたのだが、さて芝居が跳ねて帰る段になって、その影響をもろに被ることになった。交通機関がすべてストップしたのだ。JR尼崎駅で西明石行に乗ったものの、電車は1cmたりとも動かない。日にちが変わる頃になって一駅西の立花駅まで進むが、さあ、それから朝7時まで停車状態、いや監禁状態が続く。眠れない。ただ買い込んだ缶ビールを呑んで漫然と時間を潰すだけ。けっきょく家にたどり着いたのは翌日の午前9時だった、トホホ。
千秋楽の前日には、上演後にアフタートークがあった。シラー研究家の津田氏(阪大教授)、ドイツ近代文化に詳しい柏木氏(関大教授)が、演出の田中氏の司会のもとで充実した議論を展開した。そのあと、打ち上げには一日早いのだが、アフター・アフタートークがあり、酒になった。柏木氏差し入れの、その名も「メアリー・ステュアート」なるシャンパンで乾杯。まことに美味であった。