2019年12月15日

[vol.61]金沢まで

日本グリルパルツァ―協会の研究発表会は、ここのところ京都と金沢とを隔年で交代しながら開催されている。京都は京都府立大学の独文科、金沢は金沢大学の独文科に諸事万端お世話になっている。今年は金沢が当番だった。

会場は市の中心部にある金沢大学のサテライト・プラザ。今年は発表者の顔ぶれも多彩で、若手の女流研究者2名、富山大の中堅、また東京から参加の女流のヴェテラン、計4名を数えた。伝統ある研究会で会員の高齢化が危惧されていたが、この若返りは驚きでもあり、また喜ばしい現象でもある。内容もグリルパルツァ―の作品のみに限定されず、シュティフタ―をボヘミアの森という背景の中で取り上げた発表もあった。

特筆すべきは戯曲『夢は人生』の本邦初訳(2019年、水声社)が訳者城田千鶴子氏によって披露されたことだろう。グリルパルツァーを論議する場でしばしば取り上げられる作品でありながら、なぜかこれまでは日本語で読むことは叶わなかった。それが可能となった。城田氏の尽力を多とし、感謝したい。

城田氏は巻末で、本篇の先行作品としてカルデロンの『人生は夢』、ヴォルテールの『白と黒』などを挙げておられるが、ウイーン文化に対する南方のイタリアやイベリア半島の文化の影響を考慮すれば、カルデロンを今少し詳しく取り上げては如何かと私見する。

発表会のあとは恒例の飲み会。駅近くまで(かなりある)歩いて居酒屋「かじ亭」へ上り、総勢20名ほど海の幸と地酒を堪能し、歓談する。
一昨年は地酒「獅子吼」などを酌んで談論風発の一刻を過ごしたが、今年も2次会、3次会と宴は続いた。

大阪を覚悟して出たものの、金沢は意外と寒くなく、その分いささか風情に欠ける思いがする。しかし人出は相変わらず多く、ホテルの朝食の席でも聞こえてくるのは坂東訛りばかりというありさま。老母への土産に末広堂の「きんつば」、妻へは「手取川」一本を提げて早々に車中の人となる。
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2019年12月01日

[vol.60]イプセン『野がも』を観る

イプセンの『野がも』を観た。清流劇場の11月公演。シナリオは毛利三彌の翻訳を使い、演出は田中孝弥。劇場は大阪天王寺の一心寺シアター倶楽。
これが書かれたのは1884年11月である。翌1885年1月にベルゲンで初演された。作者56歳。晩年の作といっていい。ちなみに『人形の家』(1879年)の6年後であった。
製材工場を営む富豪ヴェルレの息子グレーゲルスが山の上の仕事場から久しぶりに戻ってくる。それを祝うパーティーから劇が始まる。登場人物は互いに錯綜している。ヴェルレとそのかつての友人で、今は落ちぶれてヴェルレの好意で何とか生きている老人エクダル。エクダルの息子でグレーゲルスの友人でもある写真屋のヤルマール。その妻ギーナ(彼女はかつてヴェルレ家で女中奉公をしていた)。その娘、14歳の少女ヘドヴィク。
ヴェルレとエクダルは国有林の伐採をめぐる事件後、成功者と没落者とに分かれ、エクダルの息子ヤルマールはヴェルレから経済的援助を受けて写真という新技術を習得し、新生活を始めている。しかし妻のギーナはヴェルレの愛人だった過去があり、娘ヘドヴィクもヴェルレの種らしき兆候がある。ヤルマールはそれに気づいていない。
山から下りてきたグレーゲルスは濁世ともいうべきそうした下界の市井の巷で一人得々と「理想」を標榜し、誰彼なしに説いてまわる。ギーナの秘密をヤルマールに漏らし、それを深い心で受け止め許してこそ理想の結婚生活、理想の夫たり得るとする、ヤルマールの苦悩はいっさい頓着せずに。この独りよがりを冷ややかに見る飲んだくれの医師レリングは「生きるためには嘘が必要だ」という。
19世紀末、ようやく市民社会が根付き始め、市民に自立の意識が生まれ始めた時代の市井の人間界、いわば濁世に生きる庶民の生態が悲喜劇的に展開する。しかしヤルマールのような悲劇的状況に落ち込んだ人間が、その状況を全身で受け止めて意識的に追及することはない。彼は自ら意識して悲劇を演じることはない。妻の秘密を知った後もそのまま中途半端に生き続ける。そう見える。
グレーゲルスは「理想」を旗印にして最後まで喜劇を演じ続ける。真面目に演じれば演じるほどますます喜劇的になる喜劇を。
この世は悲劇である、と一方的に見切ることはできないし、喜劇でもあるとしてしまうこともできない。人間の生活を、人間社会を、包括的に描けばそうなる。
中途半端なヤルマールは、その中途半端さのゆえに近代現代社会の主人公たり得る。「人間、生きるには嘘が必要だ」というレリングの達観したような総括は正直一途の「病人」グレーゲルスの処方箋となり得るものだが、ときには泣き崩れたくなるヤルマールにとっても格好の特効薬になるだろう。それは悲喜劇が錯綜する今の世を生きるわたしたちにとってもそうである。
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2019年11月15日

[vol.59]ハウプトマン

ドイツ語のwebenは「織る」、「編む」、その名詞形Weberは「織る人」、「編む人」、すなわち「機織りをする人」の意だが、辞書には「織り工」、「織り屋」などと載っている。
そういう名の戯曲がある。ドイツの劇作家G・ハウプトマン(1862-1946)が1892年に書き、1893年に初演した。それを来春大阪で上演しようという企画がある、(清流劇場、一心寺シアター倶楽)。頼まれて日本語にした。ただ「織り工」と言う訳語はなんだか語呂が悪いので、題名は『機織る人々』とした。
1800年代半ばにドイツ東部のシュレジエン地方(現ポーランドのシロスク)で起きた住民の一揆を素材にした、いわゆる社会劇である。当時この地方で機織り産業に従事していた貧困階級の住民らが飢餓に耐えかねて起こした反乱事件を描いている。貧困にあえぐ庶民の生活、彼らを律する宗教、収奪する工場の旦那衆、我慢し切れず立ち上がる民衆等々がリアルに描出される。
こんな遣り取りがある。

ハイバー その布に包んだものは何です?
バオメルト老 にっちもさっちもいかんようになってなぁ、飼っとった犬をバラしてもろうたんじゃ。肉付きゃ悪かった。飢え死に寸前じゃったからなぁ。
可愛らしい仔犬じゃったがな。わしゃこの手でやりとうはなかった。とてもそんな気にゃなれんかった。
(第1幕)

彼らの飢餓状態を示す一節だ。

19世紀のヨーロッパは激動の波のなかにあった。いっとき全域を席捲したナポレオンは失脚しフランスは王政復古するが、再び革命が起きてナポレオン3世の帝国となった。長らくドナウ河流域に君臨していたハプスブルク帝国もようやくその勢力を失いつつあった。代わって台頭してきたのがプロイセンである。そうした時代背景のなかで生まれてきた市民意識は時代を反映する社会劇を生み出す。ハウプトマンに先立ち、すでにイプセンが『人形の家』(1879)を発表している。ノラは新しく先駆的な女性像の登場を鮮やかに示した。

ハウプトマンが描くのは、ノラのような独立した個人の象徴的人物像ではなく、社会の下層にうごめく貧民の群像とその蜂起である。19世紀から20世紀にかけての変動する社会のなかで、貧しい庶民の欲求が政治的な力となって顕在化し革命となって結実するのは1917年のロシア革命が最初だが、それまでにも小規模な一揆や反乱は多々あったのだ。
日本が維新以来の富国強兵路線を遂行し、その一つの成果として日露戦争に勝利するのは1905年のことだが、その10年前にハウプトマンは『機織る人々』を書いた。残念ながら日本では(銃後の)庶民生活はじゅうぶんに書かれていない。国民作家漱石も書いてはいないのだ。
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